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ゆまにだより

「歴史」に出会った日(出版部 M) 投稿日:2019/03/12 NEW!

「歴史」に出会った日(出版部 M)

昨年12月、弊社では『愛知大学国際問題研究所所蔵 LT・MT貿易関係資料』という資料集を刊行した。「LT・MT貿易」とは、日本と中国が国交を確立する以前の1960~70年代に、半官半民の形で行われたバーター貿易のことを指す。この貿易形式は、経済だけでなく政治分野の交渉をも行うチャンネルとして機能し、後の国交正常化につながったとして、現在ではその歴史的意義は高く評価されている。
 「LT・MT貿易」に関する資料は、日中経済協会が保存していたが、後に愛知大学国際問題研究所に寄贈された。昨年、同研究所が設立70周年を迎えるにあたり、記念事業として弊社が公刊をお手伝いさせていただいたという次第である。
 12月20日には、愛知大学の関係者、研究者、一般の来聴者を招いての盛大な出版記念シンポジウムが開催された。私も担当の編集者として末席に加えていただいたが、何よりも貴重な経験であったのは、資料中、電報や報告書でよくお名前を見かけていた、当時の関係者二名の謦咳に接したことであった。むしろ、お二人の思い出話を傍で聞かせていただいたというほうが正確であろう。お二人とも八十から九十代というご高齢であったが、矍鑠としておられ、出版されたばかりの資料集をご覧になりながら、「この時は、事務所はここにありましたね」「そうそう」等、当時を懐かしんでおられた。
 一般的に歴史というと遠い過去の話であり、現在の者とは関係がないと思われることが多い。しかし、私がシンポジウムで接したのは資料を書いた方であり、文字にも残っていない現実をよくご存知の方なのである。資料集を読んでいると、中国側との厳しい交渉や日中関係に対する日本側からの批判も受けていたことが書いてある。何より当時の中国は、食料や生活必需品の入手にも苦労していた時代である。そのような状況で、想像を絶するような苦労もされていたのであろう。
  「LT・MT貿易」はすでにその開始から半世紀以上が経過し、「歴史」となりつつある。ご自身が書かれた報告書を「史料」として読む気持ちは如何ばかりであっただろうか。現在の中国について是非を述べるよりも、周囲の人とにこやかに意見を交換されるお二人の姿に、日中関係に賭けた熱意の残照を感じた。

新年のご挨拶 投稿日:2019/01/18

 旧年中は格別のご支援を賜り厚く御礼申し上げます。
  
 昨年は、御陰様にて教育図書では、『ビジュアル日本の服装の歴史』(増田美子監修 全3巻)、『ワクワク‼ローカル鉄道路線』(梅原淳著 全6巻)、『こんなに恐ろしい核兵器』(鈴木達治郎・光岡華子著 全2巻)、『世界の歴史を変えたスゴイ物理学 50』、『ワクワク探検シリーズ①・②』)等を好評裡に刊行することが出来ました。
 また、学術・研究書の分野では、『日本戦前映画論集』(アーロン・ジェロ―他監修)、『童話療法の展開』(蘭香代子・大須賀隆子編)等の研究書や『百貨店宣伝資料』、『「満州国」地方誌集成』、『LT・MT貿易関係資料』、『昭和天皇戦後巡幸資料集成』等のシリーズが新たにスタートするなど、計163点を刊行することが出来ました。
  
 これも偏に皆様のご支援、御指導の賜物と御礼申し上げます。  
 本年も教育図書並びに学術研究書、学術史料集、電子書籍等々二百余点の出版を予定しておりますので、倍旧の御支援、御指導を賜りますようお願い申し上げます。

     2019年1月
                          株式会社ゆまに書房
                            代表取締役社長 荒井秀夫

ゆまにだより(出版部 T) 投稿日:2018/12/12

ビジュアルで構成されている「こんなに恐ろしい核兵器」を編集しています。
1巻は主に、核分裂の発見~核兵器の開発、実戦での使用~冷戦で拡大していく核軍備~冷戦の終了、まで。
編集中の2巻は、冷戦終了以降も続く核開発、核軍縮の取り組み、近年の北朝鮮の問題など、これからの問題が多く取り上げられています。

この企画のきっかけは今年頭に放送された、核兵器についてのテレビ特番でした。
昨年(2017)の北朝鮮の核実験を受けて制作されたものですが、核実験の映像などは、昔よく視たものが使われており、奇妙な懐かしさを覚えな
がら番組を視聴していました(80年代中頃は冷戦のまっただ中だったので、核戦争を題材にした、ドラマや映画などは多くあったのです)。
ゲストの反応を司会者が尋ねた時でしょうか、平成生まれのタレントさんの反応を見ると、こういったことを「よく知らない」ことが伝わってきました。
それは当たり前かも知れません、その世代は「ソ連」を知らないのですから。

笑われるかもしれませんが、当時ニュースで報道されるソ連というのは、とても不気味な国に映りました。
生徒会では偉くない役割の書記長が一番偉い、という時点でかなり不思議です。
そんな国が、人類を破滅させることのできる大量の兵器を持っている…。
また、アメリカも大量の兵器が持っていることが不思議に思えました。
当時はMTVなどが全盛で、アメリカは本当に華やかに映ったのです。

ソ連はブラインドの向こうにミサイルがある、アメリカはどこかに隠し持っている…、両国は非常に仲が悪く、どちらかがボタンを押したら終わり…。これはとてもとてもリアリティがあった
のです。
「冷たい戦争」とよく言ったものです。つねに背筋に悪寒を感じるような、そんな80年代だったのです。

ところが、ソ連はあっけなく崩壊し、無事に21世紀になりました。
その後、世界情勢が安定したわけではなく、中東で戦争があったり、大きなテロがあったり様々な緊張がありました。
軍縮が進んだとは言え、核兵器はなくなった訳ではなく、相変わらずその存在が問題となっていました。
そのことを理解していても、冷戦のころの「奇妙な寒気」は忘れていたのです。
見ないようにしていた、というのが正しいのかもしれません。

ですが、先の特番でゲストの「知らないことによる驚き」を見たときに、あの頃の感覚と現在が繋がった感じがしたのです。
考えてみると、当時はあまり情報がなかったのです。どちらかと言えばいたずらに恐怖を煽るものばかりだった記憶があります。
怖いからといって、無関心を装うのはあまり健全ではありません。
そうならないためにも、改めて核兵器の歴史と恐ろしさを理解する本が必要ではないかと感じました。

幸運にも、長崎大学核廃絶研究センターの鈴木達治郎先生に、お会いすることができ、企画を相談すると、こころよく執筆を引き受けてくださいました。
ビジュアルで構成された本を造るという点で、強く賛同していただき、素晴らしい原稿をいただく事ができました。
長崎は最後の被爆地です。センターは、核廃絶の訴えを国際的な規模で発信し続けています。
また学生が中心となって、次の世代へ伝えていく運動を多く行っています。

編集作業をしながら、過去の感覚を噛みしめ咀嚼をしているような気分を味わっています。
鈴木先生の、巻頭のことばを引用して終わりたいと思います。
「未来に核兵器のない世界を創るために、私たちは今何をしなければならないのでしょうか?
 この本を手に取ったあなたが、少しでもこの課題を身近に感じ、考えてくれることを願っています。」

ゆまにだより(出版部 K・Y) 投稿日:2018/10/05

どれほど夏の暑さが厳しかろうと、四季は巡ります。時折、衣替えを躊躇するような陽射しが戻りますが、日によっては通勤時だけでもコートを羽織るなどして、街中には金木犀の香が満ちる季節となりました。

『ビジュアル日本の服装の歴史』担当のYです。本シリーズの前に児童向けの企画を担当したのが、ちょうど東日本大震災の時(校了に向けてラストスパートのタイミングでした)でしたので、一人でも多くの子どもたちに、若い読者の方に届くようにと、いろいろと思うこともありながら編集作業にあたっています。

さて、本シリーズ第1回配本(7月既刊)の第3巻では、明治時代から現代までを扱いました。平易な文章ながらぐいぐいと導かれて、大人でも十分に読み応えのある一冊に仕上がっていると思います。そこから一気に時間をさかのぼり、今回はそもそも「なぜ人は服を着るのか」という文化人類学的な問いから始まります。衣服に寄生するコロモシラミの化石が7万2000年前の遺跡から発見されているそうで(よく見つかりましたね)、それ以来、人は服を着続けているのです。人間の文化的な営みとしては、かなりの歴史をもっていると言えるでしょう。

第1巻は、60ページ足らずの一冊に原始時代から平安時代までをぎゅっと詰め込んでいるわけですが、まず感じるのは、着るものがここまで変化した国というのも珍しいのではないかということです。また、土偶や埴輪が饒舌にファッションを語るのには新鮮な驚きを感じますし、飛鳥・白鳳時代になって中国からもたらされた服装にまつわる諸制度は、纏う服と色彩がその人の社会的ポジションをあからさまなまでに誇示して、現在の私たちが持つような、限られたシーンでのドレス・コードの知識の範疇など遙かに超えるものでした。

服を着ること、装うことは日々の営みのひとつであり、非日常のためのものでもあり、センスや感性だけでも語れないものです。この本を通して、「服」というモノの歴史の豊かさにふれていただければ幸いです。

ゆまにだより(関西オフィス K) 投稿日:2018/09/12

 過日、高校同期全体が集まる同窓会に参加した。席に着いたが、見知った顔が近くにいない。どうしようかと思っていたら、たまたま遅れて私の隣の席に座った人物が、大学時代に北海道を旅行した際、彼の下宿先である札幌のアパートにも泊めてもらうなど、お世話になった友人だった。この日は結局彼と3次会まで付き合うことになった。
 その友人はこの同窓会にあわせて夏季休暇を取り、インドから帰国した某大手ゼネコンに勤める建築士で、日本の大手メーカーの現地工場を建設中だという。彼が現場トップ、部下はすべてインド人で指示は英語で通用するらしい。インド人は日本人に通じない国民性を持ち合わせているとのことで、意思疎通が難しいとは言っていたが、インドの元気さを大いにアピールしていた。
 数年前の推計データではあるが、面白い数字がある。国の平均年齢なのだが、インド国民の平均年齢は27歳なのだそうである。ちなみに中国36.7歳、日本46.1歳となっている。数年前のデータなので、現在ではさらに年齢差が開いていることだろう。「世界の工場」が日本から中国に移って久しいが、友人が今インドで大掛かりな工場を建設していることからもインドやその周辺の新興国にその地位が移っていくことが伺える。
 インドと日本を対比して話していると、自ずと東京オリンピック後の日本の予想になり、今後日本に起こるだろう不安を共有することになった。
 例えば、彼の愛息は現在大学生で、その愛息が受験時の進路相談で彼と話し合った際、尊敬する父親の背中を見て、建築学科を目指したいと言ったらしい。それに彼は強く反対し、結局IT関係の職業につながる学部に進学したという。
 今後、特に東京五輪後の日本国内では建築の需要が大きく後退することになるという見立てのようである。

 日本は行け行けどんどんの時代はとっくに終わっており、普段の生活に寄り添った、人に優しい施策が重要になっているのだが、現状はまだまだ大型プロジェクトの推進に力点を置いた政策が幅を利かせている。
 速やかな発想の転換を望むものである。

 高齢者が多く住む地域に住み、大阪北部地震で若干の被害を受けた私は、約10秒の大きな揺れがその後徐々に引き起こす様々な変化を目の当たりにしている最中ということもあり、何かと考えさせられる夏になった。

今こそ、世界に発信を!(第三営業部 T) 投稿日:2018/08/13

 8月の原稿の依頼を受けた・・・。
 何について書こうか迷ったが、8月といえば、8月6日の広島原爆の日、8月9日の長崎原爆の日、そして8月15日の終戦記念日のある月である。
 たまたま先日、秋頃に刊行を予定している『ビジュアル こんなに恐ろしい核兵器(全2巻)』(仮)を、書店へ説明する機会があったので、そこことについて書いてみようと思う。

 まず、なぜ今、「核兵器廃絶」なのでしょうか?
 
 あの忌まわしい原爆投下から73年の月日がたち、被爆者の平均年齢は80歳を超え「ヒバクシャのいない時代」が近づいているといわれています。
 実際に被爆者・戦争体験者の声を聞く機会が少なくなる中、子どもたちにとって核兵器や戦争は遠い過去の物語となってしまっています。

 しかし、ご存知のように地球上には、いまだに1万発以上の核兵器があると言われています。現在の水爆と呼ばれる核兵器は、あのヒロシマ・ナガサキの原爆の100倍~1000倍以上の威力があるといわれています。
 一瞬にして人々の生活を奪い、無差別に命を奪う、非人道的な核兵器を未来の子どもたちに残さないことが私たち大人の責任ではないかと思っています。

 さて、この一年、緊張する国際情勢の中で、平和に希望を与える出来事が相次いで起こりました。
 一つは昨年7月7日、国連で核兵器禁止条約が採択されたことです。この条約採択は、長年、核兵器廃絶を願ってきた人、とりわけ被爆者の方にとっては歴史的な日となりました。
 しかしながら、日本政府はこの条約に参加しないと明言し、条約決議に反対をしました。このことは被爆者をはじめ多くの国民を失望させる結果となりました。
 核兵器禁止条約に日本が反対をしたことについては賛否両論ありますが、日本がアメリカの核の傘に守られ、これを強化しようとしていると思われても仕方のない選択でした。
 唯一の被爆国である日本こそが説得力を持ち、核兵器廃絶のイニシアチブを発揮できるはずなんです。そのような側面からも、この本が世界の核兵器廃絶への流れを推し進める一助になれれば幸いです。

 そして、もう一つの大きな出来事とは、まだ記憶にも新しい6月12日に行われた米朝首脳会談と共同声明の発表です。この声明により、核をめぐる朝鮮半島の緊張状態を終わらせ、北東アジアが平和への大きな一歩を踏み出しました。
 しかし、あの会談で何か変わったでしょうか?また何がこれから変わるのでしょうか?甚だ疑問に感じるところが大きいです。
 
 また、日本が核兵器のリスクと共に忘れてはならない問題がもう一つあります。それは原発の問題です。核兵器と原発は似て非なるものですが密接に繋がっています。
 日本の原子力政策は、先の東日本大震災での福島事故の教訓を忘れてしまい、矛盾に満ちたまま前に進もうとしています。
 それゆえ、日本が声を上げて取り組まなくてはならない核兵器廃絶という課題への大きな障害にもなってしまっています。

 確かに、世界の核兵器の数は、6万~7万発の核兵器があったと言われている冷戦時に比べたら減少してきています。
 しかしながら、現在、世界にある核物質(軍事用と非軍事用がありますが)を核兵器に使用すると、なんと10万発以上の核兵器が作れるという事実もあるんです。
 さらに、この数は年々増加しているというから驚きです。

 約束することは簡単にできます。しかし、それを実行にうつすことこそが大事だと改めて思います。

 私たちは、世界情勢が大きく「核廃絶」へと舵を切る転換期に、この本を通して、今、私たちに何ができるか、そして何をすべきなのかを考える必要があります。
 大人と子どもが頭を突き合わせこの本を読み、核兵器というものを一緒に考えるキッカケになってくれたらと願わずにはいられません。

〈秋頃刊行開始予定〉
☆ビジュアル こんなに恐ろしい核兵器 全2巻(仮) 揃本体4,600円 B5判/上製/オールカラー

僕らは幸せだった(出版部 K) 投稿日:2018/07/04

 大学時代のゼミの同窓会が毎年あり、今年も出かけた。中心に座るべき先生は亡くなられて久しいが、毎回五、六十人ぐらい集まる。今年同期は五人が出席した。けっこう騒がしい会場の片隅で、その同期の一人と読書について話していたのだが、彼が言った言葉にはっとさせられた。「紙の匂い、インクの匂いを感じながら本を開く喜びを知っている僕らは幸せだった」という一言だった。
 彼は製鉄会社に就職し、会社の大きな合併や分社などを経験している。電算化、IT化、ロボット化など、製造現場の自動化や経営管理の情報化などの改革を推し進めてきたであろう。現在もエンジニアリング会社の幹部の一人として、次から次に現れてくるハード、ソフトにわたる新しい技術に対応しているはずである。そういった職場にあったからこそ、彼はきっと、一冊の本を開く時間を大切にしてきたのだと思う。
 この一言から強く感じたのは、柔軟な彼の姿勢である。デジタル技術が我々の社会や生活に入りこんでくるのは自然の流れであると彼は考えているのだろう。こういった技術革新の流れに抗していたら、世界規模の企業間競争の中で生き残ることはできない。それはそれと認めた上で、紙の本の楽しみを自らの人生の中に置いている。そして、「紙の匂い、インクの匂い」への思いを語る。それは、最近、身の回りに腹の立つことが多くなったと感じていた私、固陋な老人になりつつある私には、反省を促す、やわらかな言葉であった。


 書誌書目シリーズ112『古典籍索引叢書―宮内庁書陵部蔵『類標』―』は、第三回(全八巻)が7月に刊行されるが、この壮大な索引群を眺めていると、江戸後期の人々の情熱を素晴らしいと思う。いろいろな切り口で索引を作っている。事象をばらし、ばらしたものを比較検討する情報工学的な試みである。本文を確定させ、大量に出版するという研究と出版の社会的条件がそろったのが、この時代であった。江戸時代はやはり「近代」かもしれないと改めて思わせる。
 この試みを、同時代の文学者や国学者はどう見ていたのであろうか。うるわしき古典文学の作品を切り刻む作業に冷淡だった人も少なからずいたであろう。もし、私が当時の人間だったら、冷淡な方に加わっただろう。

 
 今ある馴染んだものや、古い懐かしいものを大切に思いつつ、新しいものを拒まないやわらかな心を持ちたいと思う。…と書くと当たり前のことのようだが、我が身を振り返って、これは大変難しいことだと思う。

自分のルーツ(営業推進部 A) 投稿日:2018/06/08

 ゆまに書房では、ほぼ毎月中央紙やブロック紙・地方紙に新刊の広告を掲載しています。それをご覧になって、パンフレットの請求のお電話やおはがきをくださる方がいらっしゃいます
(パンフ・出版目録ご入用の際は営業推進部までいつでもお申し付けください。)

 先日も、何件か『「満洲国」地方誌集成 全17巻』(第1回配本 全5巻 5月刊行済)のパンフ請求があったのですが、その中のお一人は、満洲で生まれた80代の方でした。
 「私は満洲で生まれたんだけども、吉林省についても載っているのかな・・・ぜひ見てみたいな・・・」
とおっしゃっていました。なかなか調べようのないご自分の出生地の当時の様子などがきっと気になっているのかな・・・と思いました。
 
 また、あるとき出版部のKさんと満洲についてちょっと話をしていたら、近くで作業をしていたアルバイトさんが、
 「私の祖母が満洲で踊り子をしていたんですが、当時の史料など残っていないでしょうか・・・」
とKさんに質問をしていました。

 自分のルーツはやはり気になるものですよね。テレビでも、日本人の名前の由来だとか、著名人の家族の歴史を辿る番組がありますが、プロの取材力をもって調べあげられた自分の歴史を見た最後には感慨深げに黙って目頭を熱くしている方が多いですよね。他人の話なのに、見ているだけでも感動してしまうのはなぜでしょうか・・・。

 世界史、日本史ありますが、自分にも、電車で隣に座っている人にも、誰にも大なり小なり歴史があって今存在していることをちょっとだけ意識してみると、なんだか、一日一日を大切に、周りの人も大切にしないといけないな、と改めて感じるのでした。

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 4月に『昭和天皇戦後巡幸資料集成 第1回配本 全6巻』を刊行しました。その中には、天皇をお迎えしたその土地の代議士、市長、校長、小学生などの詩歌や感想文が数多く収録されています。もしかしたら、みなさんのお祖父さん、お祖母さんの感想文があるかも?!しれません。

 ゆまに書房は、みなさんのルーツを知る手がかりになるかもしれない貴重な史料を多くの人に研究、目にしてもらえるようにまとめ、後世に遺していく役割も担っている出版社です。
 今後とも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

検索すると見えてくる、新しい書籍の魅力(第一営業部 H.K) 投稿日:2018/05/09

検索すると見えてくる、新しい書籍の魅力(第一営業部 H.K)

 先日、ふと「電子書籍元年」という言葉があったなあと思い、それはいつのことを指すのか調べてみました。
2010年のことを指す言葉のようですね。
あれから早くも8年が経ったのですね。

 ゆまに書房では比較的に早くから電子書籍を提供させていただいたと自負しておりますが、現在ではネットアドバンス、丸善雄松堂、EBSCO JAPAN、紀伊國屋書店の各社が運営されているプラットフォームに電子書籍を搭載していただいております。
最近電子書籍のご注文を頂くことが増えてきているなあと実感できるようになりました。
本当にありがとうございます。

今回改めてどのプラットフォームにどのタイトルを搭載していただいているかをまとめてホームページに掲載してみました。
http://www.yumani.co.jp/np/searchresult.html?lgen_id=16

ホームページに今まで「電子書籍」の項目はありましたが、あまり使っておりませんでしたので、ページがとても賑やかになりました。
各プラットフォームに搭載していただいているタイトルも少しずつではありますが増えてきており、ちょっと誇らしい感じがします。

 もうみなさんご存じのことでしょうが、電子書籍の魅力はその検索にあると思います。
実際に使ってみると本当に面白くて色々検索してしまって、時間が過ぎていきます。
その中には思わぬ発見があるのも少なくありません。

例えば小社の電子書籍には「社史で見る日本経済史 植民地編」や「社史で見る日本のモノづくり」というシリーズがあります。
企業の歴史を研究される方がよく使われる資料である社史ですが、それのみならず様々な周辺情報が入っているのも社史の魅力です。
それを引き出すためには検索してみるのが一番ではないかと思います。

今回1つの例を御案内しますね。
小社では最近観光、ツーリズムに関する書籍を多数刊行しております。
「社史で見る日本経済史 植民地編」シリーズの中にも「東亜旅行社満洲支部十五年誌」という社史が収録されていますが、その他の社史にも何か観光に関する情報が無いか調べて見るために「観光」という用語で検索してみました。


すると「朝鮮瓦斯電気株式会社発達史」の中にこの会社の電気の供給地域の特色や名勝を紹介した章を見つけることができました。
(上の図を参照ください。丸善雄松堂さんの電子書籍プラットフォーム Maruzen eBook Libraryでの検索結果をご紹介します。)

何故この会社の社史に観光に関する記事が?と不思議に思いましたが、この会社は温泉の開発や電車の経営も行っていたそうなので、そのアピールのためだったのかも知れません。
とても興味深い結果を得ることができました。
さらにこの「社史で見る日本経済史 植民地編」シリーズ全体で「電車」というキーワードで検索してみると他の電気会社である「京城電気」の社史の中にもやはり電車の経営に関する記述がありました。
そしてこの社史を読んでいくと朝鮮と満洲の旅行プランなども載っていて…などなど、色々な関連も見えてきて、興味が尽きることがありません。

このような結果が得られるのは全文検索できる電子書籍ならではないでしょうか。
楽しいので是非みなさんにもトライしていただけたらと思うのですが…

 また最近、北米の大学図書館のライブラリアンの方たちとの共同企画で小社の学術書籍目次データを少しずつですが公開しております。
こちらはこのプログラム(http://current.ndl.go.jp/node/27968)の成果として作られたもので、マルチボリュームセットと言われる他巻に及ぶセットの目次をPDF,テキスト化して公開することで第何巻の何ページに必要な記事や文が載っているかを検索して知ることができると言うものです。
ゆまに書房からは18タイトルの目次データを提供いたしました。
https://digital.lib.washington.edu/researchworks/handle/1773/41429
もちろん1巻ずつ読んで行って必要な記事などを発見した場合の喜びはひとしおでしょうが、お忙しい方には是非検索していただきたいですね。
目的に早くたどり着けると思います。
他の出版社さんのタイトルも載っていますよ。

 目次のデータも検索してみると新たな発見があるので楽しいですよね。
まだこちらは公開していないのですが、私も編集担当者に「ジャパン・ツーリスト・ビューロー
ツーリスト 第Ⅰ期 大正篇 」の目次データをもらったので色々並べ替えてみたりしています。
http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843351833

どんな著名な人が執筆しているのだろう?当時の外国人旅行客は日本の何に興味を持っているのか?外国人旅行客が沢山滞在しているのはどこ?などなど目次を見てみると分かることが沢山あります。
このデータを見ることによって私もセールストークが増えましたし、どのお客さんにお勧めしたら良いのかイメージが湧くようになりました。
時間があったら目次にキーワードを付けて並べ替えてみたいとも思っていたりします。
今後もじっくり見てみます。

 電子書籍も目次データもゆまに書房の刊行物のおもしろさをより伝えることができ、違ったおもしろさを見つけていただく良いツールだと思っています。
今後も引き続き電子書籍タイトルや目次データをご提供できるように努力して参りますので、是非ご支援ください!

『昭和天皇戦後巡幸資料集成』の刊行に際して(出版部 M) 投稿日:2018/04/10

『昭和天皇戦後巡幸資料集成』の刊行に際して(出版部 M)

 弊社は、今年4月より3回に分けて、昭和天皇の戦後巡幸に関する公式資料を収集したシリーズ『昭和天皇戦後巡幸資料集成』を刊行する。
 現在、今上天皇の生前退位の影響から、昭和天皇の事蹟への関心も高まり、ドキュメンタリー番組の放送やノンフィクションの刊行が相次いでいる。
 こうした一連のブームにあやかったわけではないが、資料出版として戦後巡幸にスポットを当ててみようと思ったのは昨夏のことである。きっかけはほんの些細なことで、「歴史の教科書で読んだ、戦後巡幸とはなんだったのだろう」とふと思い出したに過ぎない。
 明治から昭和戦前期にかけて、巡幸のあった地方ではこれを記念する「巡幸誌」を刊行していたことは知っていたため、国会図書館等で戦後の「巡幸誌」を探して見た。最初は、20点程度、復刻版にして10巻で収まるかと思っていたが、徹底的に調べてみると40点ほどあり、これを収録すると全18巻という、やや長めのシリーズとなることが判明した。
 そのため、秋からは全国各地の図書館に電話して、資料借用のお願いをする日々が続いた。突然の依頼を受けた職員の方からは、困惑されるやらあきれられるやらで、ご迷惑をおかけしたが、最終的には多くの図書館より利用を承諾していただいた。また、近現代の天皇制を専攻されている瀬畑源長野県短期大学助教にこの企画を提案したところ、快く監修を引き受けてくださった。その他、このシリーズの刊行には、数えきれないほど多くの方よりご協力をいただている。心より感謝を申し上げる次第である。
 「巡幸誌」は記念品として、県や市の担当課が精魂を込めて作成したものである。とはいえ、その多くは図書館の隅に埋もれ、長い間読む人もいなかったようである。しかし、これらの忘れられた資料であっても、テーマを定めて根気よく探求していけば、新たな価値を発揮するということは、意外な発見であった。
 本シリーズは、こうして昭和21年から30年までの「巡幸誌」を収集し、再び世に出す目処がついた。
 昭和30年代以降、天皇の地方巡幸は国民体育大会や植樹祭といった定例的な行事を中心として継続されることとなる。平成に入ってからは、大規模災害の起こった地域において、被災者の慰問のために行われることも多くなった。こうした定例行事や慰問が終了したあとも、「巡幸誌」はその記録として続々と作成され続けている。最近の「巡幸誌」においても、天皇と国民との直接対話の出発点として、戦後巡幸は必ず言及される。
 こうして見れば、戦前、戦後、そして現代という時代の変遷はあれ、「巡幸誌」は天皇制のあり方を記録した重要な資料であることは間違いない。
 本シリーズが民主・平和国家の建設へと踏み出そうとした戦後の一時期を検証する資料として活用されれば幸いである。