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ゆまにだより

江戸城のお庭から、全国2万8,000kmへ!(第二営業部 T) 投稿日:2017/04/10 NEW!

先日、たまたまテレビのチャンネルを回していたら、「今、再び注目される路面電車!」というニュースをやっていた。
具体的には、東京の葛飾区において、区内の南北を結ぶ交通網の整備のために、既存の貨物線の線路を利用して路面電車を導入出来ないか検討しているという話題だった。
さらには、こういった路面電車の導入の動きが、横浜市や宇都宮市、さらには東京の豊島区でもあるという。
もちろん、導入には多くの課題もあって決して簡単ではないのだが、超高齢化社会の中で自動車に頼った交通のあり方を見直さなくてはいけない時代にもなりつつあるのだと、昭和7年をピークに衰退していった路面電車が再び注目を集めているというニュースに大変興味深く感じた。

さて、この4月1日に、旧国鉄が民営化されて、30年目の節目の年を迎えた。
つまりは、JR7社が発足して丸30年だ。
国鉄時代と比べて、民営化はサービスの向上や利便性の高まりを生み出してきたが、一方では年に平均一路線は廃線になっている現状もある。
豪華列車の投入や、リニア中央新幹線の建設という明るい話題も多いのだが、反対にJR北海道やJR四国などの在来線の危機がそれだ。

この節目のタイミングで、ゆまに書房から『ビジュアル日本の鉄道の歴史(全3巻)』の刊行を開始する。

日本の鉄道の歴史というと、明治5年に新橋-横浜間で日本初の鉄道が開通したところから始まるのが一般的だが、その原点はというと、もう少し遡って、幕末に浦賀に来航したペリーが、江戸城のお庭にレール幅55㎝もあるミニSLのような模型の蒸気機関車を走らせたところから始まる。
このわずか一年後に、佐賀藩の佐野常民は、自分自身でも鉄道模型を製作してしまい、それを走行させた光景の絵図にはビックリだ!
 
以来、現在までのおよそ160年、敷設総距離約2万8,000㎞、1日の乗客約6,500万人、1日あたりの運搬貨物約12万トン、最高時速320㎞を誇るまでに成長した、日本の鉄道の歩みを、様々な写真や図版でビジュアルに紹介するシリーズとなっている。
もちろん、路面電車も、JRの誕生も、日本の鉄道の歴史には欠かせない出来事だ。
日本の鉄道も160年もの間、紆余曲折を繰り返して現在に至っており、現在、それを牽引するJR各社も30年経って、改めての課題や海外への展開など新たなるスタートを切ることになるだろう。


ゆまに書房は、この「ビジュアル日本の鉄道の歴史(全3巻)」を皮切りに、学術書と一般書の両面で良書を刊行していきますので、今年度もどうぞよろしくお願いいたします。

近刊のご紹介―『近世日朝交流史料① 通訳酬酢(仮題)』 5月刊行予定 (出版部 E・Y) 投稿日:2017/03/14

 国際交流とか文化交流とかいう言葉は、近年、大学の学部の名称にも使われるほど流行りですが、本書は約300年前の実際の国際文化交流の史料です。
 江戸幕府の外交といえば、朝鮮通信使が思い出されます。弊社でも『対馬宗家文書 朝鮮通信使記録』(田代和生・李薫監修)を刊行しています。では、近世の朝鮮との外交を現場で担当していたのは、どんな人たちだったのでしょうか。当然、江戸幕府の役職には朝鮮外交部門はなく、対馬藩がその任を請け負ったのですが、対馬藩でも実際に交渉役を担ったのは、「六十人」と呼ばれた古くからの特権商人たちでした。厳しい訓練をへて、彼らのうちから「朝鮮語通詞」が選ばれます。
 今回は、その名門商人「六十人」の一人で大通詞にまでなった小田幾五郎が、後輩通詞のために晩年まとめた書「通訳酬酢(「酢」は本当は酉へんに「作)」(つうやくしゅうさく)を紹介いたします。
 本書は、朝鮮外交を担った朝鮮側の訳官と対馬の通詞の問答集です。内容は、政治、制度、外国のことから、女性、音楽、日常生活の礼儀作法までさまざま。中には、通詞が釜山にあった和館の訳官に対して、訳官の随行員たちの非礼をあげつらっているところもあります。口に触れる喫煙器具を下人たちが足で蹴ったり、人前での放屁を憚らなかったり、客殿へ尿瓶を持ち込んだりするなど、真剣に訳官に諭しています。また、朝鮮王朝の支配階級、両班(ヤンパン)の尊大な態度を双方で嘆く、興味深い場面もあります。科挙試験に合格し日本文化にも精通する教養人の訳官ですが、身分的には両班と常民(平民)の中間階層です。彼らの側でも、両班の立ち居振る舞いに苦慮している姿が、問答の中に描かれています。
 また、当時、対馬藩は、朝鮮通信使を江戸でなく対馬で応対できるよう、朝鮮と交渉するように幕府から命じられます(「易地聘礼」)。通信使には膨大な出費がかさむからでしたが、このミッションは、対馬藩内の政争にも波及し、交渉の難航とともに、偽造された公文書まで登場し、小田幾五郎は任地の和館にて禁足となります。その時、和館の蟄居部屋に訪れた訳官催昔(チェソク)の幾五郎への申し出は、常識では考えられないことでした。催昔は、ほかの訳官たちと協議して、幾五郎を逃がそうと衣服と路銀を持ちこみ、さらに幾五郎が、都の漢城で一生豊かに暮らせることを確約すると申し出ます。
 如何でしょう。小説より奇なるこの史実。この史料は、田代和生校注『通訳酬酢』として5月に刊行予定です。原文編のほかに解読編という読み下し文と詳細な注がついていますので、誰でも気軽に読むことができます。
 歴史(日本史、朝鮮史、東アジア史)研究の分野のみならず、文学、民俗学、地理学、船舶学(貴重な歴史的船の記述があります)、社会学等、多くの分野で有用な史料として利用頂けるよう願っております。

*校注者の田代和生氏にならい、「倭館」は小田幾五郎の時代の表記「和館」としました。

ふたりの研究ノート(編集室 H) 投稿日:2017/02/10

先日、しばらくぶりに百科事典をひらいた。年末に実家の本棚の整理をしていて、ふと目についたからだ。引越しか何かで処分したものだとてっきり思っていたら、どうやらずっとそこにあったらしい。本棚に備え付けられた調度品のようにきれいに収まっているからなのか、長いあいだ気づくことも読むこともなかった。少しばかり申し訳ない気持ちになりつつ、むかし読んだ項目のことを思い出しながらページをめくることにした。暇な時や眠れない時ばかりによく読んでいたので覚えていないものもあったが、分からないことがある時に調べたり、きちんと読んだりした項目については、だいたい覚えていた。
 
今では分からないことがあると、すぐにインターネットを使って検索する。ちょっと思い出せない些細なことでも、思い出そうとするよりも先に単語を入力する。何も調べなかった日なんてあまりないくらい、当たり前のようにインターネットを使う日々を送っている。時間も場所も文脈も何も関係のないところで、分からないことがすぐに分かるのは便利であることに違いはないのだけれど、知識や情報が定着しないようにも思う。ひどいときには調べたことすら忘れていて何度も同じことを調べてしまう(単にわたしが使いこなせていないだけなのだけれども)。
 
ひさしぶりに読んだ百科事典は、読み物としても、とてもおもしろかった。たしかにインターネットのような即時性はないかもしれないが、体系的な知識や情報のゆたかさがそこにはあるように思う。

昨年6月に小社より刊行した『日本映画研究へのガイドブック』は、ガイドブックというタイトルではあるけれども、日本映画研究のための、ポケット百科事典のようなものだ。

マーク・ノーネス氏(ミシガン大学教授)、アーロン・ジェロー氏(イェール大学教授)によって書かれた本書は、2009年にミシガン大学日本研究センターより出版された ”Research Guide to Japanese Film Studies” の日本語版だ。しかも、最新の情報が加えられたアップデート版である。日本国内や海外のフィルムアーカイブ、日本映画に関する基本参考文献、映画関連書籍を扱う古書店、ウェブサイトなど、研究に欠かすことのできない資料源を網羅的に紹介している。
それだけではない。本書では著者たちが日本映画の研究に長年向き合うなかで経験した困難や苦労したエピソードも披瀝される。実際にアーカイブや図書館、古書店へ訪れる際には、これらのエピソードが参考になるだろう。ほかにも、充実した書誌・文献解説、日本映画の調査研究に関するよくある質問など、おしげもなく日本映画研究に関する体系的な知識・情報が提供されている。

本書は日本映画研究の百科事典でもあり、優れたレファレンスブックでもあり、そして、ふたりの研究ノートでもある。

ふたりの著者は、読者との協働作業によって、さらなるアップデート版を出したいと考えているそうだ。詳細については本書を読んでほしい。映画研究者の方、これから日本映画研究をはじめる方、日本映画研究に少し興味のある方、なんとなくおもしろそうだなと思っている方などなど、多くの方に手に取ってもらえれば幸いである。

新春のごあいさつ 投稿日:2017/01/17

  新春のご挨拶を申し上げます。
  旧年中は格別のご支援を賜り厚く御礼申し上げます。

  昨年は、御陰様にて教育図書では、
『15歳の短歌・俳句・川柳』(全3巻)、『脳と目の科学』(全2巻)、『アリスのワンダーランド』(全1巻)、『世界の難民の子どもたち』(全5巻)等を好評裡に刊行することが出来ました。
  
  また、学術・研究書の分野では、
『西崖 中国旅行日記』(吉田千鶴子編修)、『日本映画研究へのガイドブック』(阿部・M・ノーネス、アーロン・ジェロー著)、『血の報復』(岡田英樹訳編)等の研究書をはじめとして、『大正天皇実録 補訂版』(全6巻・別巻1)、『近代中国指導者評論集成』(全10巻)、『會舘藝術 Ⅰ・戦前篇』(全11巻)、『コレクション・戦後詩誌 Ⅰ』(全20巻)、『四親王家実録 Ⅱ・桂宮実録』(全7巻)、『近代中国都市案内集成 大連編』(全18巻)等の全集が新たにスタートいたしました。
  
  特に、『大正天皇実録 補訂版』(宮内省図書寮編修、岩壁義光補訂)は、神武天皇以来昭和天皇まで全124代天皇の内、唯一「実録」(明治天皇のみ『明治天皇紀』)が未刊であった極めて貴重な史料と言えましょう。
  本書の底本は1936年(昭和11年)に完成されていましたが、その後長く非公開とされていました。しかし、時代の変遷とともに公開要望の声が高まり、2002年から2003年及び2008年に黒塗り部分を施して公開されました。皮肉にも「大正天皇実録」の名が広く世間に知られたのはこの墨塗りの話題からでした。
  
  今回弊社で史上初めて公刊した『大正天皇実録 補訂版』は、墨塗りで公開されたため底本の文章として不備であった墨塗り箇所を文章上矛盾のないように調整して、その調整の理由を「註」で記しております。
  また併せて可能な範囲で墨塗り部分に関する他情報等の資料も加えております。「電光感冒」のような意味が分かりにくい用語も「註」で「インフルエンザ」と用語解説され、読者がより利用しやすくなっております。
  
  本書は昨年12月23日、今上天皇の誕生日に【第一】(御幼少・皇太子時代)を刊行いたしました。ぜひ、ご書架に加えて頂きますようお願い申し上げます。

  本年も『ビジュアル日本の鉄道の歴史』(梅原淳著・全3巻、4月から毎月一冊刊行予定)、『近世日朝交流史料』(田代和生監修・翻刻)等々数多くの新刊を予定いたしております。
  
  本年も倍旧の御指導、ご支援を賜りますようお願い申し上げます。
     
      2017年 正月

                           株式会社ゆまに書房
                             代表取締役社長 荒井秀夫

西大井にて(出版部 K) 投稿日:2016/11/11

 数日来、雨が多かったせいか足もとの黒土は湿っていました。見上げるとそびえたつ樹々が囲む空が青く目に沁みました。
 大井駅から5分ほど歩き、小さな踏切を渡って、伊藤博文とその奥さん梅子の墓所に到着しました。上を東海道新幹線が通り、横須賀線や湘南新宿ラインの電車がとまる西大井駅やその周辺の街の様子は、特別変わりなく、秋らしい爽やかな空気に包まれていました。
 毎年10月26日の行われる墓前祭に折々参列させていただいております。今日は、早く着いたのでまだ閑散としている墓所の敷地の中を歩きながら、ぼんやりと伊藤博文について考えました。
 最近の「御退位」をめぐる問題で、伊藤博文の意向が現代にまで及んでいることが言われています。現在の問題にどんな判断を下すかは現代の英智を結集して考えるべきことですが、ここに伊藤が登場することに、あらためて感心しました。やはり、近代日本をデザインした男という印象があります。『伊藤博文文書』と銘打って「秘書類纂 全127巻」、「伊藤公雑纂 全14巻」を復刻出版しましたが、それが今後の研究に役立てばと願っています。
 実は、伊藤博文については、別の仕事で少し関わった、正確に言えばその顔をよく見た時期がありました。『宮武外骨此中にあり』(全26巻)に収録されている「滑稽新聞(完全版)」には、揶揄される人物として繰り返し登場します。パラパラと開くとあちこちに伊藤の似顔絵があります。外骨のしつこさもすごいですが、それをゆるしている伊藤もなかなかの人物と感じていました。
 今、小社では『大正天皇実録―補訂版―』(全6巻・別巻1)にとりかかっております。原稿を見ていると、まだ幼い明宮(はるのみや、のちの大正天皇)に若き伊藤博文が拝謁に来る場面がありました。儀礼的なものとはいえ、それぞれの立場で近代を生きてゆく二人の出会いにちょっと感動しました。
                * * *
 ふと気づくと、多くの人々が墓所に集まっていて、11時からの墓前祭がはじまるのを待っていました。そして、笛の音が響き、厳かに墓前祭がはじまりました。高いところを新幹線が通るのが木の間に見え、それなりの轟音が聞こえてくるのですが、何度か参列して、慣れてしまいました。高速鉄道が縦横に走る日本列島は、伊藤博文のデザインの中にあったのかもしれません。墓所の近くを新幹線が走るのを伊藤は満足して見ているのではないかと思いました。
 なお、伊藤博文公墓所は普段は入れません。ただし、脇の公園からその様子を窺うことはできます。その公園も含めたこんもりした森になっています。機会がありましたら、どうぞ。

意識変革という証しを!(第二営業部 T) 投稿日:2016/10/14

島国である日本にとっては、「難民」に対する意識や理解はまだまだ低いというのが現状だ。
だが、この夏、そんな「難民」の人々に対して、我々にもちょっとだけ意識するチャンスがあったのを覚えているだろうか。


リオオリンピックの開会式ー。
開催国であるブラジルが最後に入場する一つ手前に、五輪史上初となる10人の難民選手団が入場したことは、まだ記憶に新しい。
彼らは自国を離れているために自国の国旗は持てず、小さな五輪の旗を振りながらの入場だった。その姿といったら、何とも胸を締め付けられるような思いだった。


さあ!4年後はいよいよ東京オリンピックだ!
今度は10人ではなくて、もっと多くの難民選手団での出場を目指しているだろうし、メダル獲得への意欲も強いことだろう。
それだけ、リオオリンピックでの難民選手団の姿が、世界中に夢と希望と感動を与えたのだろう。


さて本題。ゆまに書房は、今月の新刊で「世界の難民の子どもたち(全5巻)」を刊行する。
この本は絵本形式で、実際の難民の子どもたちが体験した実話を元に書かれている。
絵は、イギリスのBBCのアニメーションだ。


監修を担当していただいた「難民を助ける会」というのは、政治・思想・宗教に偏らない市民団体として、これまでに60を超える国と地域で支援を展開している、国連に公認・登録された国際NGOである。
日本でも、先の東日本大震災の復興支援も行っており、さらに、対人地雷廃絶キャンペーンで有名な「地雷ではなく花をください」シリーズも、この団体の方が文章を書いている。
また、創設者の相馬雪香氏は、1991年から10年間国連難民高等弁務官に就任された緒方貞子さんとも深い交流があった方である。


現在、世界中で国際協力や難民支援に携わる日本人たちもかなり多くはなってきた。
しかし一方では、ひとたびテロなどが起こると、安全管理や危機管理の難しさを問われてしまうのも事実ではある。


2015年末現在の統計によると、世界中には「難民」と呼ばれる人たちが6,530万人もいるという。
日本の人口の約半分の人たちが国外へ逃げたり、自国内を逃げ惑うといった姿を想像してみてください。
そう考えると、この問題も決して看過できなくなってくるのではないだろうか。


何もすぐに「難民」の人々を受け入れるとかそういうことではなくて、このような国際的な問題にちょっとだけ目を向けてみるとか、ちょっとだけ意識してみるといったことが大切なんだと思う。
そのことが、東京でオリンピックを迎えた時に、我々の「難民」の人々への意識が変わった証しだと思う。


実は、この原稿を出張先の仙台で書いていたのだが、とある書店さんで、うちはこういう本を売らないと駄目なんだよ!という大変有り難く力強いお言葉を頂戴した。
我々がこの本を刊行し、本への思いが出版社から書店へ、書店から読者へと広がっていき、一人でも多くの人たちが「難民」の人々の苦悩に心を寄せてもらえるようになってもらえたら、こんなに幸せなことはないと思う。

『会館芸術』―幻のモダニズム(出版部 K・Y) 投稿日:2016/09/14


昭和初期モダニズム文化の発信拠点であった「朝日会館」をご存じでしょうか。場所は大阪・中之島。1956年(昭和40年)に解体されるまで、中之島公会堂(大阪市中央公会堂)を上回る音響・照明・空調設備を備えていたことから、音楽堂・演劇場・映画館・展覧会場として市民に愛され利用されていた文化複合施設でした。経営母体は朝日新聞社ですが、時代をリードする独自の活動を展開し続けました。今回復刻する『会館芸術』は、この朝日会館のPR誌として創刊された雑誌です。
◆◆
その時既に会館創設から5年を経ていたのですが、幸いにも雑誌創刊までの会館の活動を伺い知ることが出来る資料が、復刻版第1巻に収録した第4輯(朝日会館創設五周年記念号、昭和6年12月5日発行)に附録として収められています。この『朝日会館五ヶ年間各種催物一覧表』には、主として朝日新聞社と朝日新聞社会事業団が主催した催事記録が約60ページにもわたって掲載されています。簡単にご紹介しておきましょう。
◆◆◆
まずは舞台関係から。「演劇上演目録」には大正15年10月の築地小劇場(「狼」、ロマン・ロラン原作、土方与志演出)、11月の宝塚国民座(「或る日の素戔嗚尊」、武者小路実篤原作、坪内士行演出他)から昭和6年11月の構成劇場(「太陽のない街」、徳永直原作、九木芳夫演出)、新築地劇団(「勤務学校」、村山知義原作、土方与志演出)までの60公演。「能楽上演目録」は昭和2年6月から昭和6年9月までの41公演で、五流能楽会をはじめ邦楽・能楽界から超一流の演者が舞台に上がったようです。
続いては音楽。「洋楽上演目録」に目を通すとまさに「芸術の国際ステーション」(創刊・5月号、小倉敬二)という会館の愛称に相応しく、大正15年10月の近衛文麿指揮・新交響楽団第一回演奏会に始まり、声楽家の藤原義江、柳兼子、バイオリニストのヨセフ・シゲティなどの名前があります(昭和6年11月まで162公演)。ちなみに日本を代表する指揮者の朝比奈隆氏が率いた関西交響楽団(現・大阪フィルハーモニー交響楽団)も朝日会館から育ってゆきました。「邦楽上演目録」には長唄から浪花節まで、大正15年11月から昭和6年11月までの107公演。最後は「舞踏上演目録」の65公演で、大正15年10月の花柳寿美「踊りと唄の会」、11月の石井漠舞踏会、映画と舞踏の会に始まり、宝塚少女歌劇公演、クロチルド・サカロフとアレキサンダー・カサロフの舞踏公演、伊藤道郎(ミチオ・イトウ)舞踏団公演など昭和6年11月までの65公演。舞台関係だけでも500公演、単純計算でも年間100の開催数です。
◆◆◆◆
朝日会館では著名人の講演会も企画されました。「講演会開催目録」には大正15年10月の朝日会館記念講演会の「文芸講演会」(武者小路実篤、菊池寛)に始まり、「映画時代」講演会(森岩雄、横光利一、衣笠貞之助他)、「藤田画伯講演会」(藤田嗣治、岡本一平)と続き、昭和6年11月「満州戦況報告講演会」までの計234講演にのぼります。
つづいて「映画公開目録」。朝日会館は関西映画界にとって異色の存在でもあったようで、大正15年10月から昭和6年11月までの計131件の公開記録が掲載されています。変わったところでは「コドモの会開催目録」で、アサヒ・コドモの会による児童向けプログラム67件を掲載。最後は「展覧会開催目録」。美術団体としておなじみの二科会のほか、国画創作協会、一九三〇年協会、独立美術協会、信濃橋洋画研究所、日本プロレタリア美術家同盟、写真関係団体では全日本写真連盟「第一回国際写真大サロン」、満鉄総務部満州写真連盟「満州写真展」、その他ポスター展など、大正15年10月から昭和6年11月までの計178件が列記されています。これらの記録に目を通すだけでも、当時の新聞社の文化事業が果たす社会的役割は非常に高かったと想像出来ます。
◆◆◆◆◆
最後に、朝日会館という建物についてふれておきます。パンフレットの外観写真は弊社既刊『竹中工務店建築写真帖(昭和二年)』(写真集成近代日本の建築 16)からの転載です。復刻版解説によると、1923年(大正12年)の関東大震災後だったこともあり耐震耐火設計も重要視された設計でした。鉄骨鉄筋コンクリート6階建て、地下階に設備機械室と倉庫、1階に新聞発送場、2階に発送事務室とグラビア製版場、3階が展覧会場、4階から6階は天窓から外光が降り注ぐ1,500人収容の公演場という複合文化施設でした。外壁は黒色人造石洗出しの純黒色、室内はエジプト調のデザイン。幅5メートル×高さ20メートルもの大ガラスのカーテンウォールを備え、天窓から自然光を採り入れたホールは現代にも無いそうです。
◆◆◆◆◆◆
朝日会館に通う人々は「会館族」と呼ばれ、最先端の文化に関心がある人々でした。昭和初期のモダニズム文化を担った大阪を中心とする文化圏の華やかさは、今の私たちの想像や、東京一極集中型の思考を間違いなく超えるものでした。『会館芸術』はそれらを丹念にたどることが出来る唯一無二の文化的資料といっても過言ではありません。

「愛ちゃんの夢物語」(第二営業部 T) 投稿日:2016/08/05

先日、神奈川県の相模原市の施設で障害者ばかりが19人も殺害されるという、あまりに残忍な戦後最悪の殺人事件が起きてしまいました。

犠牲者の方々、遺族の方々、被害に合われた方々のことを考えると、胸が詰まるような思いでいっぱいです。

障害があっても一生懸命に生きている人たちの人権を無視し、いとも簡単に命を奪った行為は絶対に許すことができません。

一人の人間としても許せない気持ちなのですが、奇しくも、昨年、障害のある人への理解と協力を…という主旨で、「知っておきたい障がいのある人のSOS(全6巻)」を出版したものだから、余計に許せない気持ちが倍増してしまいました。

本来、ここでは、このあとの文章を記す予定でしたが、あまりに悲しい事件が起きてしまい、また人間の尊厳というものを改めて考えさせられましたので、まず最初にこのことを書かせていただきました。

犠牲者の方々のご冥福を心からお祈りいたします。



さて、突然話は変わりますが、表題の「愛ちゃんの夢物語」…、これはある普及の名作の邦題タイトルなんですが、何だと思いますか?

この名作は、今から約150年前の1865年にイギリスで誕生し、150年もの間、一度も絶版となることがなく、世界中の140カ国以上(方言も含む)で翻訳され、読み継がれ、今日に至っています。

作者は実は男性で数学者であったこと、主人公には実在のモデルがいたこと、主人公の衣装が当初は青いドレスに白いエプロン姿でなかったこと―。
恥ずかしながら、私はこの名作をちゃんと読んだことがなく、これらのことを全く知りませんでした。

この物語の中で出てくるナゾナゾにちょっとだけなぞらえてみたのですが、もうおわかりですよね。
答えはルイス・キャロル原作の「不思議の国のアリス」なんです。

日本では、明治の後半に初めて翻訳され、主人公の名前はアリスではなく、日本名で「愛ちゃん」、「綾子さん」、「美(みい)ちゃん」などと訳されていたそうです。

また、服装もドレスではなく着物姿の和服だったということも、大変興味深い話ではないでしょうか。

さらに、「アリス」は物語だけに留まることなく、絵画・演劇・映画・テレビ・アニメ・音楽・マンガ・アプリ・ファッションといった様々なジャンルにおいても派生作品が次々と生まれています。

現在、公開中の3D映画「アリス イン ワンダーランド 時間の旅」も
その代表的な派生作品の一つです。

今回、ゆまに書房が8月末に刊行する「アリスのワンダーランド」は、そんな数々の派生作品をビジュアルで紹介し、奇妙でファンタジーな世界の魅力をたっぷりと届けてくれる本になっています。

原作を読んだことがある人には「アリス」の更なるディープな世界を、私のように読んだことがない人にも、入門書としての「アリス」の楽しい世界を感じていただけることと思いますので、是非、夢物語の世界をお楽しみください!

〝良い〟本(第一営業部 A) 投稿日:2016/07/08

 先日、帰りの満員電車でとなりに立った女性から鼻をすする音が聞こえてきた。その後その人は、空いた席に座った。チラッと目をやると、文庫本を読みながら泣いていたのだ。カバーがかかっていて何を読んでいるのかは分からなかったが、(すごく気になった)とにかく、その本を読み心を動かされていることは明らかだった。
  こんな満員電車で立っていても読み進めたいと思い、泣いてしまうような素敵な〝良い〟本にこの人は出会ったのだな・・・と思った。

 残念ながら、ゆまに書房では文庫本は発行していないので、その本はうちの本ではないが、ゆまにの本も『〝良い〟本ですね』と言ってもらえるような嬉しいエピソードがあるので、最近のいくつかを紹介したいと思う。

 5月、「近世文学会」に出展した際、慣れない学会販売に一人緊張して座っていると、立ち寄られたある大学の先生が『シリーズ 明治・大正の旅行』のパンフを手に取って、『こういう本の〝良さ〟を学生に知ってもらって、もっと活用してもらえたらいいのだけど・・・』と言ってもらえ、緊張が一気に解けた。

 また、先日、政治・経済の専門の先生より『戦争調査会事務局書類』『戦後日中交流年誌』などの本についてお問合せのお電話をいただいた際、『私のような政経専門の研究者でも、こういった貴重な史料で歴史も学ばなければならない。ゆまにさんは〝良い〟本を出してくれているね。』とおっしゃっていただけて、改めてうちの難しい学術書も研究に役立っているのだな~と実感できた。

  一般・図書館向けの本でも・・・
  
 コインコレクターの方より、『ビジュアル 日本のお金の歴史』について、『貨幣に関する本は専門的で難しいものが多いけど、この本は分かりやすくて〝良い〟本だね。仲間にも薦めたいからパンフレット送ってください。』と、お電話をいただいたり、『大人になるまでに読みたい15歳の短歌・俳句・川柳』の新聞広告を見てパンフレットを請求をされた方から後日、その組見本を見て『・・・編者さんの解説も教科書くささがなくて〝良い〟ですね。早速書店に注文します』とおはがきをいただいたり・・・。

 あるときは、たまたま通りかかった若いお母さんが、ショーウインドウに飾ってあった『子どもの気持ちを知る絵本』を見て、『うちの子が感覚過敏と診断されてしまって・・・こういう本があって〝良かった〟。ここで買えますか・・・』と飛び込んでいらしたこともあった。

 冒頭の女性はもしかしたら有名な賞に輝いたり、ベストセラーのランキングに入る〝良い〟本を読んでいたのかもしれない。
  ゆまに書房の編集者も様々な人に〝良いね〟と言ってもらえる本を日々生み出しているので、これからもひとりでも多くの人にゆまにの〝良い〟本と出会い、いろいろな意味で感動してもらいたい。
 通勤電車で読むにはちょっと大きい本かもしれないが・・・。

最近の私の「楽しみ」を教えましょう(第一営業部 H・K) 投稿日:2016/06/10

 毎朝起きるとまずテレビでニュースを見る、そんな毎日を過ごしています。
たぶんみなさんもそんな毎日を過ごされているのではないかと思います。

 私はいつの日からか、「迎賓館が公開されます」、「園遊会が行われました」、「バナナが絶滅するかもしれません」といったニュースを目にするたびに「これって明治時代や大正時代からあったのかな?」と気になるようになりました。
そしてJKBooks「風俗画報」で検索してみるようになりました。

 さすが、「風俗画報」は江戸・明治・大正の世相・風俗・歴史・文学・事物・地理・戦争・災害を報じているだけあり、ほとんどの疑問に答えてくれるように記事が見つかります!
また記事だけでなく、そのことにちなんだ多彩な図版が見つかり我々を楽しませてくれるのも「風俗画報」ならでは、ではないでしょうか。

 ただ検索をするためには少しテクニックが必要になる場合もあります。
例えば「“バナナ”って明治時代にはなんて呼ばれていたのだろう?」という下調べなどが必要になることもありますが、それも“うんちく”を更にプラスする作業ですのでとても楽しいです。

 見つかった記事を読み進めていくと他にも意外な事が分かったりします。
明治40年に行われた“園遊会”の記事に載っている模擬店で提供されたメニューを見るとビールやサイダー、アイスクリーム、烏龍茶が載っているのです。
ここで新たな疑問もわいてきました。
いったい日本人はいつから烏龍茶を飲み始めたのでしょう?
更に詳しく調べてみたくなります。

 又その“園遊会”の様子を表した図を見ると、ビアサーバーのようなものからビールがつがれて人々がジョッキで乾杯している様子が描かれています。
どこかで見た風景だなと思って思わず笑ってしまいましたが同時に疑問もわいてきました。
さて、いつの時代から日本人はジョッキでビールを飲み始めたのでしょうね?
もっともっと詳しく調べてみたくなります…

 そんな私の「楽しみ」をみなさんにも知っていただきたくてブログを始めてみました。
http://blog.goo.ne.jp/crunch1969
一度のぞいてみてください。
物事の意外なルーツを知ることができたり、更に深く調べたりしたくなるトピックが見つかるかもしれませんよ。
今後もどんどん更新していくつもりですのでご期待ください。

 さらに今年の6月からJKBooks「風俗画報」では新しい検索キーワードが約7700件追加されましたので、今まで出てこなかった検索結果も出てくるようになったのではと思います。
今回は図版のキャプションのほか、人名や地名、慣用表記(例えば、“緑門”→“アーチ”、“遊泳場”→“プール”、“混堂”→“銭湯”)などをキーワードとして多数追加しました。
これによって先ほどの”バナナ”に関する検索の時のような下調べも必要なくなっているかもしれません。
一度試しに検索してみてください!

今後も検索に役立つキーワードをどんどん追加していく予定です。
進化していくJKBooks「風俗画報」をぜひご体験ください!
楽しいですよ、きっと。