HOME > ゆまにだより一覧

ゆまにだより

『海は地球のたからもの 第1巻 海は病気にかかっている』を編集して(出版部 E・Y) 投稿日:2019/11/14 NEW!

 漁獲量の減少が話題になっていますが、魚だけではありません。ある環境保護団体の調査では、海ではこの40年間に、哺乳類・鳥類・爬虫類・魚類の生息数が半減したと言われます。原因は地球温暖化による海水温の上昇と海水の酸性化、そしてプラスチックによる汚染です。
 人間が快適さを求め続けたその先の恐ろしい現実には、戦慄が走ります。
 『海は地球のたからもの』全3巻は、直面するこうした問題の現状を認識し、あらためて海の果たす役割を再確認し、解決を探ろうとする企画です。
 海を知ることはそんなに簡単ではありません。
 海は地球の表面の約7割を占めます。しかし、その平均の深さは約3,700メートル。富士山の高さとほとんど同じです。海の面積の半分は水深4,000メートルより深いのです。 そのため、海を考えるために必要な科学的データが得られるようになったのは、そんなに昔ではありません。精度の高い水温測定が行われるようになったのは、ノルウェーのナンセンによるフラム号の北極海漂流航海(1893-1896年)からといわれますが、その後も長く、海水温は、船の上からバケツで汲み上げて計測されていました。水深数百メートルの海洋の世界平均水温の包括的な測定が行われるようになったのは、1971年からです。1980年代の人工衛星による測定の開始からは、画期的な飛躍を遂げましたが、海はこのように、今でも未知の領域なのです。
 海は、40億年前に生まれました。今から46億年前にマグマの塊のような地球が誕生し、ドロドロにとけたマグマが冷えていくときに、大気中の水蒸気が雨となり、その後数千年にわたり降り続いた雨によって、豊かな海を持つ星、地球になったのです。その後、地球の気候は幾度かの氷河期を繰り返し常に変化し続けています。だがしかし、そんな気が遠くなるような年月のなかで、一つだけ明らかなことがあります。産業革命以降今日までの150年間が、地球にとっては例外的、且つ急激な気候変動の中にあるということです。現在、地球に、海に、起こっている変化は、自然なものではない、つまり100%人間に由来しているというこのことを、私たちはどう考えたらよいでしょう。 
 水深700メートルをこえる深海の水温が測定できるようになって、恐ろしい事実も報告されています。水は温まりにくく冷めにくい性質を持っていますが、2000年以降、深海の温度が上昇し続けているのです。深海を暖めたこの熱がいずれ大気に放出され、地球温暖化が加速すればどうなるか……。
 時、あたかもこれを書いた13日、「人類は地球温暖化による『気候の緊急事態』に直面している」と警告する論文に、世界中の1万1千人の科学者が賛同して生態学の専門誌に発表したというニュースがありました。

 「私たちは未来に関心を持たなくてはならない。残りの人生はそこで過ごさなくてはならないのだから。」(チャールズ・F・ケタリング)の言葉を噛みしめます。

忘れられた外交を回顧する――『外務省戦後執務報告』(出版部 M) 投稿日:2019/10/17

 小社では、本年10月より、『外務省戦後執務報告 アジア局編』と題して、戦後、外務省各局が作成した回覧用の内部資料、「執務報告」を刊行する。
 第二次世界大戦の終結から70年以上が経ち、現在の歴史学における最新の分野は、冷戦時代となりつつある。日本においても、1950-60年代の国際関係に対して大きく関心が向けられているが、この時代を研究しようとしても、やはり史料の問題が立ちはだかる。
 まず、膨大な文書群が存在し、自らが必要とする情報が何処に存在するかを確認するだけでも、大変な困難が伴う。
 また、外務省外交史料館が所蔵する未公開の簿冊を閲覧するには、利用請求を提出しなければならないが、外交史料館においてはプライヴァシー等の記述を審査する必要があるため、公開までに1年以上待たされることも珍しくない。
 文書を1枚ずつ探して読むという効率の悪さは研究者だけではなく、文書を日常的に利用していた外務官僚も感じていたのだろう。そのため、戦前においては、局毎にその年の重要な会談や案件の処理状況を要約した『執務報告』という年報が作成され、省内での回覧に供されていた。これを利用すれば、例えば、ある国の大使と外務大臣が会見したのは何時か等は、容易に確認することができるという、大変便利な資料である。
 「戦前にあったのであれば、戦後も作成されたのではないか」、そう思いながら外交史料館で公開資料のリストを繰っていると、やはり戦後版の「執務報告」が公開の対象となっているのを見つけた。早速、請求して読んでみると、以下のような特徴があることに気づいた。
 第一に、戦前版は年報であったのに対し、戦後版は月報であるため、その時々の外交の動きが、リアルタイムで確認できる。
 第二に、膨大な文書群から要点を数行にまとめているために、必要な情報を見つけるのが容易である。
 第三に、関税、条約等の案件毎ではなく、国ごとに情報がまとめられているために、二国間の交渉の進展を追っていくのが容易である。
 このような利便性があり、かつ、極めて豊富な情報量を有すため、今回、出版を企図した次第である。
 戦後、日本外交の課題の一つは、戦争によって失った信頼の回復にあった。そのためにはかつて敵対した国家との条約締結や賠償、経済協力、研修生の受け入れ等を積極的に進めていた様子がわかる。
 また、戦後、アジアでは多くの独立国が誕生したが、これら国家の外交官が交渉する際に、強いナショナリズムを以て接してくるために、その対応に苦慮した様子もよく見られる。
 一般に、日本人は欧米よりもアジア諸国を軽視しがちだが、本資料を利用することで学べることも多いのではないだろうか。特に、最近は韓国との外交上の軋轢が強まっているが、問題の原因や過去における処理の事例等、現在の問題を考える際に、手がかりとなることも多いはずである。

関西オフィスだより(関西オフィス K) 投稿日:2019/09/20

ここ大阪でも明らかに季節の変わり目を実感できるようになった。

私の夏休み中にうれしいニュースが舞い込んだ。
当社で刊行中の「ビジュアル日本の住まいの歴史」と11月から刊行を開始する「海は地球のたからもの」が、秋以降の重点販売企画として取次会社トーハンにより選定された。  
当社のようにこのジャンルの刊行点数の少ない版元にとって、2点同時に選定されることはごく稀である。先に学校図書館出版賞を受賞した「日本の服装の歴史」に続き、大変喜ばしい。
秋からの営業活動が忙しくなりそうである。

その夏休み中、「新聞記者」という映画を観た。
久しぶりに社会派の映画を堪能した。
フィクションではあるが、昨年世間を賑わせた疑惑を題材におそらく今の日本がこんな様子で動いているのだろうなと思わせる力作だった。昨年話題になった森友問題での国会証人喚問であの人が発した言葉を思い出した。
「事実は小説(映画)より奇なり」日本の深い闇を想像してしまったのは私だけだろうか?

アメリカの話ではあるが、ジェフリー・エプスタインという大富豪が逮捕され、その後拘置所内で自殺し、その関連ニュースが出てくると欧米各国で大きな話題になっているようだ。
格好のワイドショーネタであるにも拘らず、日本のテレビがほとんど報じていないのが不思議でならない。

今年の日本の8月のワイドショーは、政界のプリンスの出来ちゃった婚と大型台風襲来、高速道路煽り運転男そして、嫌韓のニュースで終わってしまいそうである。

近世の索引(書誌書目シリーズ115 編・解題 U) 投稿日:2019/08/09

やけずとも一切経に用はなし昔者訓読今は積而置

 村田了阿の『一枝余芳』にこんな歌があります。歌意としては「燃えてなくなったわけじゃないけど、もう一切経に用はない、昔は訓読して読んだものだけど、今じゃあすっかり積ん読だ」といった具合になるでしょうか。
「積ん読」の初例に近い用例として、ネット上でもしばしば話題になる歌です。でも実はこれ、自らもう用済みになったぐらい一切経を読み込んでしまったという自慢の歌なのではないかと思われます。和歌の注釈に見える仏書の多さが気になりすぎて、自ら法師になってしまったと言われるぐらい学問にのめり込んだ村田了阿が、一切経を何度も読んで覚えてしまったので、今は置いておくだけで用済みだと嘯いているわけです。ですが、実際に一切経が用済みになってしまったわけではなさそうでした。
小社から刊行されている『日本古典籍索引叢書――宮内庁書陵部蔵『類標』』の第五回配本には、了阿の制作にかかる索引『藝林枝葉』が収められています。和書・漢籍・仏典における多種の書籍を対象とした故事成語の総索引で、了阿自作の草稿も国立国会図書館にありますが、『類標』所収本には、当時の学者たちが増補加筆したものを入手したと奥書にあります。東京大学総合図書館、駒場図書館、他静嘉堂文庫などにも伝本が残されています。了阿はもし記憶の引き出しに見つからぬ事柄があれば、この索引を引いて典拠を見つけ出そうと構えていたのでしょう。
 ところが、この『藝林枝葉』をしのぐ巨大な総索引がありました。それがこのたび刊行される『和漢仏書総合索引『文峰四臨』―小山田与清『群書捜索目録』Ⅱ』です。2回に分けて刊行します。
 冒頭にある目録を調べると250種の和漢仏の書物が掲げられており、イロハ順の末尾には地名部まで付されています。制作者は小山田与清。近世屈指の蔵書家と知られる大富豪の和学者で、その学識から後に彰考館にも出仕しました。
 与清が「索引」の制作に取り組みはじめた経緯は、岡村敬二『江戸の蔵書家たち』(吉川弘文館、2017)に詳しいのですが、あまりにも膨大で読み切れないほどの蔵書をなんとか利用できるようにしたかったのでしょう。『群書捜索目録』と名付けられた与清の索引類の大半は関東大震災と第二次世界大戦で燃えてしまいましたが、現存する副本の中に『八十八段類語』『二編歌集類語』『文峰四臨』などの巨大なコンコーダンスが残されています。
 特に『文峰四臨』は、近世の考証随筆・仏書解説を多数取り込んでいる点が特徴です。こうした近世の考証随筆の索引としては、太田為三郎編『日本随筆索引』正続(岩波書店、1926~32)があります。そちらは各項目や話題を拾い集めた近代的な総索引ですが、近世の索引類は網羅性や検索性からはみ出してしまうような事柄も採録されており、興味が引かれるままに語句を拾い集めた宝箱のような魅力が有ります。
近世期の索引類は、たしかに網羅性や資料の選択といった点で現代の索引やデータベースに負けるところもあるでしょう。しかし、一行一行斜め読みをしながら索引を眺めていると、思いもかけぬ表現や興味引かれる話題が陸続と現れてきます。書名の付け方、弓の引き方、可愛い女性、歴史的な事件のゴシップ、思わぬ雑学。ちょっと調べてみようかな、という気持ちになるようなトピックがてんこ盛りです。
崩し字も平易で漢字も楷書で読みやすいものが大半ですので、図書館の中で煮詰まった時にめくってみると、楽しい発見があることでしょう。

第21回学校図書館出版賞受賞『ビジュアル 日本の服装の歴史』               身近なものの歴史を知る楽しみを(出版部 K・Y) 投稿日:2019/08/05 NEW!

●無いならつくろう
弊社では2015年よりシリーズ「ビジュアル日本の歴史」を刊行している。本書『ビジュアル日本の服装の歴史』は、第1弾『ビジュアル日本のお金の歴史』(全3巻、井上正夫、岩橋勝、草野正裕著)をスタートに、『ビジュアル日本の鉄道の歴史』(全3巻、梅原淳著)、『日本人と動物の歴史』(全3巻、小宮輝之著)に続いて、第4弾として刊行したものである。比較的ベーシックな、子どもが好きなものや、大人が子どもに教えたい、知っておいてほしいと思うことをテーマとしてきた。
 そのなかでも「服装」は衣食住のひとつ、生活の基本のきである。そうなると類書も多いように思われたが、意外なことに、着物の着方を教えるか、年中行事と着物を組み合わせた内容のものか、おおよそこのどちらかに分かれている。では学校ではどの学年でどのように学ぶのかと思い、国立国会図書館国際子ども図書館児童書研究資料室にこもってみたところ、日本史と家庭科の教科書で断片的にふれてあるのと、高校レベルの専門的教科書のみ。手がかりがあるのか無いのか、読者層が見えないなぁ……と不安も湧いたが、そうか、無いからつくるのかとシンプルに考えることにした。ただ、個人的には漠然とした思いがあった。先に生活の基本と書いたが、東日本大震災を経験した私たちが「生活」に向けるまなざしは、それ以前のものからは明らかに変わった。過去の出来事や歴史に対しても同じだ。

●練らない企画案
「服装」か「服飾」か。この点も社内で検討を重ねた。後者はあらゆる種類の小物まで含む広い概念なので、子どもが理解しやすい本にするために「服装」でいこうとなった。タイトルは『ビジュアル日本の服装の歴史』で全3巻構成、ファション史ではなく、衣生活を切り口に日本の歴史を学べる内容としたい。今から思えば、企画の相談というにはかなり大雑把であったが、初めて監修の増田美子先生とお会いした際、ここに書いた以上のことはお伝えしなかったと思う。幸いにも増田先生はこちらの意図をすぐに汲んでくださって、大久保尚子先生(第2巻)、難波知子先生(第3巻)への執筆依頼、目次案の作成とほぼ同時に原稿執筆が始まった。

●ビジュアルの選び方
最初に原稿が完成したのは第3巻、明治時代から現代までである。ビジュアルの点で一番難しかったのはこの巻であった。なぜかといえば、すでに当時(明治以降)さまざまなレベルのメディアが氾濫していたので、掲載候補が多すぎるのだ。錦絵、雑誌、最新メディアの写真――想像で描かれたり演出過剰であったりと、観る分には十分楽しい。しかし学術的裏付けの無いものを採用するわけにはいかない。本書の図版は、現物資料も含めて著者が研究資料として収集したものを柱としているが、それ以外については、まず候補となりそうなビジュアルを集めて、それを著者が1点ずつ検討し、ふさわしいかどうかを決めていった。肖像権をクリアすることも難しかった。たとえば戦後(1945年~)などは、当時のファッション雑誌に掲載されている街頭スナップは、一般女性の間での流行や装いの工夫をリアルに伝える良いビジュアルなのだが、残念ながら掲載を見送った。
 文章にふさわしいビジュアルが見つかり、それをデザイナーの高嶋良枝さんにお任せする。レイアウトがピタリと決まり、文章とビジュアルが引き立てあう。このささやかな爽快感が積み重なったある瞬間、「あ、いい本になるな」と手応えを感じた。

●「難しい」の伝え方
難しいことを、どう伝えるか。そもそも服装にまつわる言葉は、時代をさかのぼると漢字の難しさも加わり高度に専門化する。私にとっては読めない・書けないのオン・パレード。しかし、はたと気付いた。モノが失われると、それにまつわる言葉も失われるのだ。専門的な用語をあえてそのまま使ったり、子どもに分かるように表現をやわらかくしたり言葉をほぐしたり。著者は、難しいことや専門的なこともきちんと伝えたいという思いとの間で、試行錯誤の連続であったことと思う。
 内容に関しては、もう一切を先生方にお任せして(するしかなくて)、デザイナーの高嶋さんと私は、ページをめくるわくわく感をどうキープするかに神経を注いだ。例えば第1巻の「冠位十二階から養老衣服令までの変遷」の一覧表では、高嶋さんのアイデアで冠位に対応する冠色の変遷が一目で分かるように色付けしてある。色見本から、当時の色の名称が表わすのに近い色を著者に選んでもらい、一色一色のせていった。また、全3巻を通して国宝や重要文化財も豊富に掲載した。ただ、なかには経年劣化で見づらいものもあり、それらは模本や復元品を採用して見た目の美しさも重視した。戦国武将が身に着けていた鎧兜や肖像画などを服装に注目して観るのは、われわれ大人にとっても新鮮で、歴史的想像力が駆り立てられるだろう。

●これからの「ビジュアル日本の歴史」
『ビジュアル日本の服装の歴史』が第21回学校図書館出版賞受賞との連絡を受けたのは、令和が明けて、シリーズ第5弾となる『ビジュアル日本の住まいの歴史』(全4巻、小泉和子監修、家具道具室内史学会著、2019年7月第1回配本)の編集にとりかかり始めた頃であった。その時、本は必ず誰かの手に届くものだという、とても当たり前のことにあらためて思い至った。
 普段は大学の教壇に立たれている著者の先生方にとっても、執筆を通して、子どもに向けてご自身の専門的学問の成果を伝える経験は初めてと伺った。弊社は学術出版を事業の柱としているので、これまでの蓄積と大学研究者の方々とのご縁を、子どもたちの学びの場づくりにつなげるような企画を、これからも継続してゆきたい。

参考文献をたどって(出版部 M) 投稿日:2019/07/08

 この度、弊社では『戦後千島関係資料』と題して、敗戦直後より、昭和30年代にかけての千島諸島(北方領土)に関する、北海道の自治体が作成した文書を資料集として刊行する。
 戦後70年以上にわたり、北方領土問題は日本外交の懸案の一つであったが、現在に至るまで領土は寸分も日本に引き渡されていない。この問題に対する政治的な見解は種々存在するが、これを客観的に分析しようとする研究者の側からしても、北方領土問題は全体像の摑みにくい対象である。その理由の一つは、日露(ソ)両国間における敏感な問題であるがゆえに、情報公開が著しく遅れているという事実にある。
 本企画を思い立ったのは、2年ほど前、北方領土に関する資料を調べていた際、ある書籍の参考文献として「千島及離島ソ連軍進駐状況綴」という一行を見つけた時である。「綴」とついているのであれば、当時の状況に関する行政文書に違いないと思い、所在を確認してみたところ、北海道立文書館に所蔵されていることが判明した。その他にも、戦後の千島をめぐる行政文書が存在するようなので、真冬の折ではあるが、札幌へ向かうことにした。
 赤レンガで知られる旧北海道庁舎にある文書館で請求してみると、この「綴」はいとも容易く閲覧することができた。経年のために劣化した根室支庁の用箋には、ソ連軍の上陸を伝える各役場からの緊迫した電報や、命からがら根室に到着した引揚者からの生々しい報告が数多く記録され、敗戦直後の混乱した様子がありありと伝わってくるようであった。
 とはいえ、この「綴」は占領者の暴虐振りを示すだけではない。昭和20年10月6日付の文書には、同年9月下旬に色丹島で16歳以上の男女を有権者とする選挙が行われたという記述がある。もし、これが事実であるとすれば、日本国憲法の施行よりも早い段階で、社会主義国の指導により男女同権の選挙があったということになり、日本の選挙史における新たな一面が浮かび上がる。
 その他、「千島に関する資料」、「領土復帰関係書類」等の行政文書を閲覧し、連合国による占領期から日ソ共同宣言の時期における、生活の場を奪われた元島民達による返還を求める根強い運動が展開されていたことを知った。2日にわたって史料を調査し、改めて問題の複雑さ、根深さと史料が残ってきたことの幸運を感じずにはいられなかった。
 最近、ビザなし交流で国後島を訪問したある代議士が「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」という発言をし、顰蹙を買うという事件があった。彼は領土を単に武力の問題としてのみ理解していたからこそ、このような発言をしたのであろう。
 戦争の結果、千島で何が起こったのか、そして、島々を取り戻すためにどれほどの努力がなされてきたか等々、現代史に課せられた課題は多い。本書がその端緒を摑むきっかけになれば幸いである。

「ビジュアル日本の歴史シリーズ」第5弾スタート!(出版部 K・Y) 投稿日:2019/06/17

ようやく校了・印刷入稿を終えて「いざメルマガ」、さて何を書こうか。
編集作業に没頭して両の目玉が校正紙の上をゴロゴロ走り回っているあいだは、すべてが頭に入っているような気になるのですが、あれは大いなる錯覚だったと気がついて、しばらくぶりにカラッポの我に返ったところです。

さて今回は、2015年からスタートした「ビジュアル日本の歴史」シリーズ第5弾、『ビジュアル日本の住まいの歴史』のお話です。まず、タイトルにある「住まい」という言葉からイメージされるのは、家、住宅、どちらかといえばプライベートな居住空間だろうと思います。そのような「場」で、今も昔も生身の人間が日常・非日常を営んでいる、その日々が膨大な時間をかけて積み重なってできた歴史があります。この人びとの営みの歴史を、建築の空間をフレームにして切り取ってみると面白いのでは。そんな漠然とした感覚と同時に、監修を小泉和子先生にお願いしたいとの思いはハッキリとしていました。

第1回配本で扱う「中世」という時代は、古代の貴族に代わって武士が政治権力を握り、古代以来の寺院を拠点とする仏教勢力・僧侶が各地で力を持ち、また、生産者である農民に加えて生産・流通を担う商工業者が力を蓄えるなど、社会そのものが非常に流動的でした。あらゆる事柄が移行期のまっただ中にあったのです。複雑で難しい時代ですが、それが中世の魅力でもあると思います。本巻では、武士、僧侶、庶民の三つの身分それぞれの住まいと住み方(=住文化)と、そこでの具体的な暮らしぶり(食事、台所、風呂、便所。生活道具の描きおろしイラストも満載です)を、絵巻物を読み解きながら、復元イラストで歴史的想像力を刺激されながら辿ります。

私自身も編集作業中は、建物や部屋に注目して絵巻物を観ることがとても新鮮で、まぁよくここまで描き込んだものよと感心しきり。着の身着のままで眠る従者や下女の姿や(コラム「寝場所」)、貴族の屋敷の塀にいつのまにか建て掛けたり、築地塀を取り壊して勝手に自分たちの家をつくってしまう様子にニンマリ。そこに生きる人びとの逞しさまでも垣間見える本に仕上がったと思います。

たくさんの“学校では習わないものの歴史”で、自分も世の中も出来ている。そのような学びの場のひとつとして、「ビジュアル日本の歴史シリーズ」のページを開いていただければ幸いです。

鎌倉橋を渡って(出版部 某) 投稿日:2019/04/10

 約30年、毎日行き帰りに渡る鎌倉橋は、日本橋川にかかっていて、大手町と神田をつなぐ橋です。日本橋川の上は高速道路が通り、そばに大手町フィナンシャルタワーが聳えています。その高層ビルの足下の川べりは、ゆったり歩けるスペースとなっていて、いかにも都会の風景を作っています。なお、鎌倉橋の名前は、江戸築城時に相州鎌倉から船で運んだ石材や木材を陸揚げした河岸、すなわち鎌倉河岸からついたと言われています。
 その鎌倉橋の神田側のたもとに全国チェーンのホテルが開業したのは昨年6月でした。道から見えるパンを売り物にしたガラス張りのカフェでは、欧米からの熟年夫婦、アジアからの若いカップル、そしてもちろん日本人の家族連れなどいろいろな人々が朝食を楽しんでいます。
 内神田には、ほかにも最近小ぶりなホテルがいくつか出来ています。路上を歩いている外国人も普通にいて、東南アジアや南アジアからと思われる観光客ともすれ違うようになりました。ヒジャブを着けている女性はインドネシアかマレーシアからの観光客ですね。
 今、インドネシアの経済成長率は5%前後となっています。人口は2.55憶(2015年、日本外務省H.P.)ですから、35万人の来日者数(2017年)は、まだまだこれから増えるのではないかと思われます。
 そのインドネシアに関する史料として、『スマトラ新聞』(監修・解題/江澤誠)を2017年に刊行しました。軍政下のスマトラで発行された日本語紙です。1943年10月から翌年1月までの分でしたが幻の新聞と言われていたもので、話題となりました。
 そして今春刊行の『復刻 共栄報 1942~1945』(監修・解題/津田浩司)に関わりました。1942年にジャワへ侵攻した日本軍はインドネシアに軍政を敷きました。そのとき、華僑向けの新聞社を押さえ、軍政の意を受けた日刊紙「共栄報」を出させました。新聞の日付は「皇紀」が使われています。中国語版とインドネシア語版の両方を復刻しました。戦時期のインドネシアについて、華僑について、そして日本軍の軍政について、多様な情報が掲載されており、様々な研究の手がかりとなるでしょう。
 戦時期のインドネシア統治などは日本帝国主義そのものです。共栄報の「共栄」は「大東亜共栄圏」に由来するようです。歴史の上で77年前にそういった関わりがあったことは、記憶しておいてもよいでしょう。
 話は飛んで台湾について…。『我的日本―台湾作家が旅した日本-』(編訳/呉佩珍・白水紀子・山口守、2019年1月、白水社)という本を読みました。18人の台湾の作家による「日本紀行」ですが、さすがに気鋭の作家たちによるもので、文章のスタイルも問題意識もさまざまで大変面白く、一気に読みました。当たり前かもしれませんが、私の知らない日本がたくさん出てきます。例えば京都のお寺の山門巡りの楽しさ、3.11直後のお台場の無人の光景、台湾の主婦(作家ですが)が家族から解放されて過ごす北陸の宿のさりげない心遣いなど…。そして、日本映画やテレビドラマを引き合いするものもあり、「日本語は冷え性」と感ずる日本語論など、いろいろ気づかされます。
 鎌倉橋ですれ違う外国人の中に、この本の執筆者のような人たちもいるのかと思いました。鋭い眼で日本と日本人を観察して、自国と比較し、また、異国に歩く自分とは何かを問うている男たち、女たちが想像されます。
 2019年の春の宵、これから私は鎌倉橋を渡って家に帰ります。大手町フィナンシャルタワーは7年前の2012年に竣工しましたが、そこにつながる鎌倉橋は関東大震災の復興事業の一環として90年前の1929年に完成しました。東京の歴史をふと考えます。そしてこのコンクリートの橋の欄干には、1944年11月の米軍機の機銃痕が残っています。焼け野原の東京の映像を思いました。

「歴史」に出会った日(出版部 M) 投稿日:2019/03/12

「歴史」に出会った日(出版部 M)

昨年12月、弊社では『愛知大学国際問題研究所所蔵 LT・MT貿易関係資料』という資料集を刊行した。「LT・MT貿易」とは、日本と中国が国交を確立する以前の1960~70年代に、半官半民の形で行われたバーター貿易のことを指す。この貿易形式は、経済だけでなく政治分野の交渉をも行うチャンネルとして機能し、後の国交正常化につながったとして、現在ではその歴史的意義は高く評価されている。
 「LT・MT貿易」に関する資料は、日中経済協会が保存していたが、後に愛知大学国際問題研究所に寄贈された。昨年、同研究所が設立70周年を迎えるにあたり、記念事業として弊社が公刊をお手伝いさせていただいたという次第である。
 12月20日には、愛知大学の関係者、研究者、一般の来聴者を招いての盛大な出版記念シンポジウムが開催された。私も担当の編集者として末席に加えていただいたが、何よりも貴重な経験であったのは、資料中、電報や報告書でよくお名前を見かけていた、当時の関係者二名の謦咳に接したことであった。むしろ、お二人の思い出話を傍で聞かせていただいたというほうが正確であろう。お二人とも八十から九十代というご高齢であったが、矍鑠としておられ、出版されたばかりの資料集をご覧になりながら、「この時は、事務所はここにありましたね」「そうそう」等、当時を懐かしんでおられた。
 一般的に歴史というと遠い過去の話であり、現在の者とは関係がないと思われることが多い。しかし、私がシンポジウムで接したのは資料を書いた方であり、文字にも残っていない現実をよくご存知の方なのである。資料集を読んでいると、中国側との厳しい交渉や日中関係に対する日本側からの批判も受けていたことが書いてある。何より当時の中国は、食料や生活必需品の入手にも苦労していた時代である。そのような状況で、想像を絶するような苦労もされていたのであろう。
  「LT・MT貿易」はすでにその開始から半世紀以上が経過し、「歴史」となりつつある。ご自身が書かれた報告書を「史料」として読む気持ちは如何ばかりであっただろうか。現在の中国について是非を述べるよりも、周囲の人とにこやかに意見を交換されるお二人の姿に、日中関係に賭けた熱意の残照を感じた。

新年のご挨拶 投稿日:2019/01/18

 旧年中は格別のご支援を賜り厚く御礼申し上げます。
  
 昨年は、御陰様にて教育図書では、『ビジュアル日本の服装の歴史』(増田美子監修 全3巻)、『ワクワク‼ローカル鉄道路線』(梅原淳著 全6巻)、『こんなに恐ろしい核兵器』(鈴木達治郎・光岡華子著 全2巻)、『世界の歴史を変えたスゴイ物理学 50』、『ワクワク探検シリーズ①・②』)等を好評裡に刊行することが出来ました。
 また、学術・研究書の分野では、『日本戦前映画論集』(アーロン・ジェロ―他監修)、『童話療法の展開』(蘭香代子・大須賀隆子編)等の研究書や『百貨店宣伝資料』、『「満州国」地方誌集成』、『LT・MT貿易関係資料』、『昭和天皇戦後巡幸資料集成』等のシリーズが新たにスタートするなど、計163点を刊行することが出来ました。
  
 これも偏に皆様のご支援、御指導の賜物と御礼申し上げます。  
 本年も教育図書並びに学術研究書、学術史料集、電子書籍等々二百余点の出版を予定しておりますので、倍旧の御支援、御指導を賜りますようお願い申し上げます。

     2019年1月
                          株式会社ゆまに書房
                            代表取締役社長 荒井秀夫