HOME書籍検索 > 近代日本アート・カタログ・コレクション 第3回配本 无声会/烏合会/光風会/フュウザン会/草土社 全10巻

近代日本アート・カタログ・コレクション 第3回配本 无声会/烏合会/光風会/フュウザン会/草土社 全10巻

近代日本アート・カタログ・コレクション 第3回配本 无声会/烏合会/光風会/フュウザン会/草土社 全10巻

[監修] 青木茂 [編纂] 東京文化財研究所

揃定価126,000円(揃本体120,000円) 
ISBN 4-8433-0555-3 C3371
A5判上製/函入
刊行年月 2002年05月

関連情報

本書の内容

◎明治初期から戦前まで、全国に散逸した美術展資料を集成。
近代日本美術研究に不可欠の資料、展覧会関係文献を復刻集成。
本企画は、明治初年から第二次世界大戦前までに開催された美術展のカタログを集成するものです。アート・カタログには、作品目録・図版・関係論文・作品解説・年譜などが含まれており、これらは美術研究に欠かせない資料といえます。しかし、会期中に会場で販売され、書店などの通常の流通経路にのらないため、図書館・研究機関などでの所蔵が極めて少ないのが現状です。本企画は公共機関・私立の団体・個人等の所蔵者のご厚意のもとに復刻集成の運びとなったものです。
関東大震災や第二次世界大戦の災禍により失われた美術作品や、海外に流出した日本の美術品を辿ることが出来るほか、新たに発掘された作品を固定する材料でもあります。何を創り、集め、どう評価したか、また美術が社会にどのように受け容れられてきたかという視点は、個々の作品・作家からだけでは得られません。開化以来西洋文化の強い影響をうけた日本文化が、伝統の上に近代化されていく過程を探求することが出来る、もっとも基礎的な資料です。

★特 色
●団体・テーマごとに、気鋭の研究者による解説を付す。
●災禍で失われたものや海外に流出したものにあたることが出来ます。
●展覧会会場での限定版売のみのものが多いため、所蔵機関も極めて少なく、これまで閲覧が非常に困難であったものばかりです。

★特にお薦めしたい方
美学・美術史・芸術学・文化史などの研究者・研究室。大学図書館。美術館。公共図書館。アートマネージメント関係者、美術館学芸員、キューレター、ギャラリー経営者など。

■无声会(むせいかい)
美術団体。明治33年(1900)1月創立。自然主義を標榜し、結城明の主唱により集まった平福百穂、福井江亭、島崎柳塢、石井柏亭、大森敬堂、渡辺香涯の7名で結成された。柏亭を除く6名は川端玉章門下であったが、洋画風を大胆に取り入れた作風を実験し、同年3月上野公園五号館で第一回展を開催、大正2年(1913)まで続く。小杉放庵、森田恒友、杉浦非水、川端龍子、橋口五葉、名取春仙らも参加。同会解散後、百穂、龍子、春仙に小川芋銭、小川千甕、山村耕花らを加えて珊瑚会が結成され、4年第一回展を開催、第10回展まで続いた。

■烏合会(うごうかい)
美術団体。江戸文化を好み、浮世絵の伝統を生かした新しい風俗画を目指して明治34年(1901)創立される。会員は鏑木清方、都筑真琴、山中古洞、鰭崎英朋、大野静方、河合英忠、高田鶴仙、福永耕実の8名、のち山村耕花、池田輝方、竹田敬方、吉川霊華らが参加する。34年6月、日本橋上槙町八重洲館で発会式をおこない、第一回展を開催。同年9月日本橋万町の常盤木倶楽部で第二回展を開催し、以後45年まで毎年展覧会をおこなった。

■光風会
美術団体。明治45年(1912)、前年解散した白馬会の会員であった中沢弘光、山本森之助、三宅克己、杉浦非水、岡野栄、小林鐘吉、跡見泰の七名によって発起され、同年6月第一回展を上野竹之台陳列館で開催。創立会員7人は黒田清輝の弟子で、その後も小林萬吾、南薫造、辻永など白馬会系の画家たちが会員となった。外光派風の穏健な作風が主流を占める。絵画部、工芸部があり毎年春に公募展をおこなう。

■フュウザン会
洋画団体。大正元年(1912)結成。斎藤与里、岸田劉生、清宮彬の発起で組織され、大正元年10月銀座読売新聞社楼上で第一回展をヒュウザン会と称し開催。太平洋画会の青年グループ、葵橋洋画研究所のグループを中心に、アブサント会同人らが中心をなし、後期印象派やフォーヴィスムの影響を受けた青年画家を中心に168点が出品され、おもな出品者には、与里、劉生をはじめ萬鉄五郎、高村光太郎、木村荘八、小島善太郎らがいた。同年雑誌『ヒュウザン』を創刊する。翌年3月第二回展をフュウザン会展として開催したが、斎藤、岸田の間で主張が分れ、5月に解散、雑誌『フュウザン』も第四号で廃刊した。同年、高村、劉生、木村、岡本帰一の4人はヴィーナス倶楽部で生活社展覧会を開催、これが草土社の前身となった。

■草土社
フュウザン会を引き継ぐ洋画団体。大正4年(1915)岸田劉生を中心とする現代の美術社主催第一回美術展覧会(銀座、読売新聞社)が開催され、これが草土社の第一回展となった。同展の同人は劉生の他、中川一政、河野通勢、木村荘八、椿貞雄ら11名。会名は、劉生が代々木の道を歩きながら、道ばたの草を見て思いついたという。5、6年には春秋二回展覧会を開催し、第二回展からは劉生を中心とした同人と社友だけの展覧会としての性格を持ち、四回展で劉生の作品に代表される草土社風の作風がほぼ確立された。7年以後毎年一回展覧会を開催し、大正11年第九回展に至ったが、同人の間に劉生を離れて自己の道を歩みだす者も出て、九回展を最後に自然解消した。会の主要な作家は、のち春陽会創立に参加した。