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四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 全19巻

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 全19巻

[監修] 吉岡眞之 [監修] 藤井讓治 [監修] 岩壁義光

揃定価522,500円(揃本体475,000円) 
ISBN 978-4-8433-4791-1 C3321
B5判/上製/函入
刊行年月 2015年06月

関連情報

本書の内容

『天皇皇族実録』の真の意味での完成を期し、『四親王家実録』をはじめて公刊。

☆「四親王家」各実録をはじめて公刊。『天皇皇族実録』に記述のない部分を埋める唯一の資料。

本書の内容と特徴

●『四親王家実録』とは
伏見宮・桂宮・有栖川宮・閑院宮の四宮家は、それぞれ血統を天皇に承け、代々親王宣下を受けて宮家を世襲してきた。歴史的には、宮家より皇統を継いだ場合や逆に皇子にして宮家を継いだ場合もあり、四親王家と天皇家の関係はきわめて密接であった。しかしながら、『天皇皇族実録』に各宮家に属する皇族の事蹟を併載することは、困難かつ相応しくないと言うことで『天皇皇族実録』編修の際に別に『四親王家実録』の編修が予定され、四親王家に属する皇族の実録は省かれた。

●『四親王家実録』の成立
『天皇皇族実録』の印刷が完了した一ヶ月後の昭和一九年八月から『四親王家実録』の編修が開始されたのは、当初の意図から当然の成り行きであった。しかし、まもなく敗戦を迎え事業は中止となった。戦後『貞明皇后実録』、『昭憲皇太后実録』の編修完了を経て昭和四〇年四月に事業が再開されたが、『明治天皇紀』公刊事業によりまたもや編修が遅れ、ようやく昭和五九年三月編修事業が終了した。幕末維新の際に伏見宮家から独立した宮家の皇族については、『明治以後皇族実録』として後に編修された。

●『天皇皇族実録』を補完
『天皇皇族実録』で省かれていた、各宮家に属する皇族の事蹟である『四親王家実録』の公刊により、真の意味での『天皇皇族実録』の完成となる。

●近世公家社会研究に有益
近世に書かれた未公刊の日記を大量に含んでおり、近世公家社会研究にも大変有意義である。

●解説
『四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録』の最終巻に解説を収録。

●特におすすめしたい方● 日本中世史・近世史・近代史、日本文化史・政治史などの研究者、大学図書館、公共図書館、関係研究機関など。

【伏見宮】 
伏見宮は世襲四親王家のうち最も古く、崇光天皇の第一皇子栄仁(よしひと)親王を祖とする宮家である。その名称は、伏見殿に居住したことに由来する。栄仁親王は持明院統の正嫡として皇位を継承する立場にあったが、足利義満に擁立された光厳天皇の長子、弥仁(いやひと)が後光厳天皇として即位したため、崇光天皇の家系は伏見宮として存続し、この後、治仁(はるひと)王、貞成(さだふさ)親王が継承した。称光天皇の代に後継者が途絶えたため、貞成親王の皇子彦仁(ひこひと)王が後花園天皇として即位したことにより、伏見宮の地位も安定したものとなった。伏見宮家は治仁王を除き、第二十二代貞愛(さだなる)親王まで代々親王宣下を受け、五五〇年存続したが、一九四七年、博明(ひろあき)王は、GHQ指令により皇籍を離脱し、宮家としての歴史を終えた。

◆第2期◆桂宮実録   全1回配本…………………………………………………2016年7月刊行
◆第3期◆有栖川宮実録 全2回配本…………第1回;2016年12月/第2回:2017年3月刊行
◆第4期◆閑院宮実録  全1回配本…………………………………………………2017年7月刊行

刊行のことば      吉岡眞之/藤井讓治/岩壁義光

 さきに刊行された『天皇皇族実録』に引き続いて、その続編ともいうべき『四親王家実録』が復刻刊行されることとなった。
 四親王家とは、中世後期に創設された伏見宮家を始め、近世初〜中期かけて設立された八条宮(後に常盤井宮・京極宮・桂宮と改称)、高松宮(後に有栖川宮と改称)、閑院宮を総称する名称である。四親王家は、当初必ずしも皇統維持の観点で設立されていたわけではないが、遅くとも近世中期ころから、皇位継承の危機に備えるためとする認識が次第に広まっていった。各宮家の代々当主は天皇の猶子あるいは養子となって親王宣下を受けて親王となり、皇位継承に備えつつ近世末期に及んだ。
 四親王家と天皇家の関係はこのように密接であり、『四親王家実録』もまた『天皇皇族実録』の一環として編修されるべき性質のものであった。しかし四親王家代々の親王およびその妃・王子女等の事績を、それぞれの祖に当たる天皇の実録に組み込むことになれば、実録の様態・内容がきわめて複雑なものになることは明らかであった。このため四親王家の実録については『天皇皇族実録』とは別に『四親王家実録』として編修することとなったのである。
 『四親王家実録』の体裁は『天皇皇族実録』にならい、親王家ごとに編年綱目体で編修された。すなわち年月日ごとにまず綱文を立て、その後に綱文の根拠となる史料を配列する。引用史料は各宮家当主の日記、宮家の家職に関する日誌を始め、公家日記、関連寺社の記録類、また京都御所東山御文庫・宮内庁書陵部・国立公文書館内閣文庫・近衛家陽明文庫などに所蔵されている信頼性の高い史料を広く収集し掲載している。引用史料はこれまで知られていなかったものも多く含んでおり、『四親王家実録』がとりわけ近世を中心とする公家社会史研究に資する点は少なくない。
 『四親王家実録』は宮内省図書寮において一九四四年(昭和一九)に編修が開始されたが、一九四五年の第二次世界大戦敗戦にともない、編修事業は中断を余儀なくされた。その後、一九六五年(昭和四〇)に宮内庁書陵部編修課は『四親王家実録』の編修計画を策定し再び事業の開始を企図したところ、翌年明治百年記念準備会議が『明治天皇紀』の公刊を宮内庁に求めたことから、編修課がこれに従事することになった。このため同課では二つの大きな事業を並行して進めることとなり、当初の編修計画は大幅に遅延したが、一九八四(昭和五九)年三月にいたり『四親王家実録』は完成を見たのである。
 『四親王家実録』には四〇七名の皇族の事績が二九四冊にまとめて収載され、総目次・系図一冊が添えられた。また別に実録本編より綱文を抄出した抄出本五部(一部三三冊)が作成された。宮家ごとの内訳は以下の通りである。
 
 総目次・系図         一冊  
 伏見宮家   二四七名  一二九冊  
 桂宮家    三七名    三五冊  
 有栖川宮家  七五名    九〇冊  
 閑院宮家   四八名    四〇冊

四親王家と親王宣下について  
 元来、親王とは、大宝元年(七〇一)制定の大宝継嗣令により定められた、天皇の兄弟・皇子を表す呼称(姉妹・皇女は内親王)である。しかし平安時代以降は皇族の臣籍降下が盛んに行われる一方、天皇の兄弟姉妹、皇子女でも親王宣下を受けなければ親王・内親王を称することができなくなり、親王宣下の対象は次第に拡大していった。かくして鎌倉時代後期には五辻宮・常磐井宮・木寺宮など、当主が親王宣下を蒙って宮家の称号を代々継承する世襲親王家が成立した。しかしこれらの宮家は室町時代中・後期には姿を消した。
 四親王家は世襲親王家の延長上に位置するものであった。室町時代にはまず崇光天皇(北朝第三代)の第一皇子栄仁親王を祖とする伏見宮家が成立し、ついで室町時代末期から江戸時代中期にかけて正親町天皇の皇孫智仁親王に始まる八条宮家(後に常磐井宮・京極宮・桂宮と改称)、後陽成天皇の皇子好仁親王を祖とする高松宮(後に有栖川宮と改称)、東山天皇の皇子直仁親王を初代とする閑院宮が成立した。これらの親王家は後に四親王家と総称された。各宮家の歴代当主はおおむね天皇・上皇の養子もしくは猶子として親王宣下を受け、それぞれの宮家を継承しつつ幕末に及んだ。





四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第1回配本 全6巻

刊行年月 2015年06月 揃定価165,000円 (揃本体150,000円) ISBN978-4-8433-4633-4

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第1巻 栄仁親王実録/治仁王実録

刊行年月 2015年06月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4637-2

● 栄仁親王〔よしひと・しんのう〕正平六年(一三五一)〜応永二三年(一四一六)
光厳天皇(北朝初代)の孫。崇光天皇(北朝三代)の第一皇子。母は庭田重資の娘資子。誕生直後に祖父、大叔父、父が南朝に連行され、叔父の後光厳天皇が践祚する。正平二三年に親王宣下。崇光上皇は親王への譲位を求めたが、建徳元年(一三七〇)、後円融天皇(後光厳天皇の第二皇子)が即位。応永五年(一三九八)、父上皇の崩御に続き、所領の大半を没収される。同二十三年、伏見庄が還付され、以後、伏見殿と称された。
● 治仁王〔はるひと・おう〕建徳元年(一三七〇)〜応永二四年(一四一七)
栄仁親王の王子。母は正親町三条実治の娘治子。弟(兄とも)は貞成親王。応永二三年、父栄仁親王薨去により伏見御料を相続するが、翌年二月急逝。親王薨去に、貞成親王が関与したとの風説が流れたが、幕府と後小松上皇により伏見宮は廃絶を免れる。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第2巻~第4巻 貞成親王実録 全3巻

刊行年月 2015年06月 揃定価82,500円 (揃本体75,000円) ※分売不可 ISBN978-4-8433-4638-9

● 貞成親王〔さだふさ・しんのう〕応安五年(一三七二)〜康正二年(一四五六)
治仁王の同母弟(兄とも)。元服まで今出川家で養育され、父と兄の相次ぐ逝去に伴い伏見宮当主となる。応永三二年(一四二五)、後小松上皇の猶子となり親王宣下。上皇により嗣子のない称光天皇の後継に擬されるが、天皇の強い反発を招き出家。親王の第一王子彦仁親王が天皇の猶子となり、後花園天皇として即位する。薨去後、後花園天皇により後崇光院の尊号が追贈される。著書『看聞御記』は中世史研究の重要史料。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第5巻 貞常親王実録

刊行年月 2015年06月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4639-6

● 貞常親王〔さだつね・しんのう〕応永三二年(一四二五)〜文明六年(一四七四)
貞成親王の王子。母は庭田経有〔重資の子〕の娘幸子。同母兄に彦仁親王(後花園天皇)。文安二年(一四四五)親王宣下。康正三年(一四五七)式部卿。同二年、父貞成親王薨去に伴い「永世伏見殿御所と称すべき」旨の勅許を得る。この措置が御料と親王位を世襲する「世襲親王家」成立の端緒となる。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第6巻 邦高親王実録/貞敦親王実録

刊行年月 2015年06月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4640-2

● 邦高親王〔くにたか・しんのう〕康正二年(一四五六)〜享禄五年(一五三二)
貞常親王の王子。母は庭田重有〔経有の子〕の娘盈子。妃は今出川教季の娘(貞敦親王母)、今出川公興〔教季の子〕の娘興子。文明六年(一四七四)、後土御門天皇の猶子となり親王宣下。翌七年式部卿。永正一三年(一五一六)出家。
● 貞敦親王〔さだあつ・しんのう〕長享二年(一四八八)〜元亀三年(一五七二)
邦高親王の王子。妃は太政大臣三条実香の娘香子。勝仁親王(後柏原天皇)の猶子となり、永正元年(一五〇四)に親王宣下。同四年中務卿。天文一四年(一五四五)出家。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第2回配本 全6巻

刊行年月 2015年10月 揃定価165,000円 (揃本体150,000円) ISBN978-4-8433-4634-1

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第7巻 邦輔親王実録/貞康親王実録/邦房親王実録

刊行年月 2015年10月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4641-9

● 邦輔親王〔くにすけ・しんのう〕永正一〇年(一五一三)〜永禄六年(一五六三)
貞敦親王の王子。母は三条実香の娘香子。妃は西園寺公朝の娘。後奈良天皇の猶子となり、享禄四年(一五三一)、親王宣下。天文二年(一五三三)式部卿。
● 貞康親王〔さだやす・しんのう〕天文一六年(一五四七)〜永禄一一年(一五六八)
邦輔親王の王子。母は西園寺公朝の娘。正親町天皇の猶子となり、永禄六年(一五六三)、親王宣下。同九年、式部卿。同一一年に家督を若宮(邦房親王)へ譲り薨去。
● 邦房親王〔くにのぶ・しんのう〕永禄九年(一五六六)〜元和七年(一六二一)
貞康親王の王子。正親町天皇の猶子となり、天正三年(一五七五)親王宣下。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第8巻 貞清親王実録/邦尚親王実録/邦道親王実録/貞致親王実録

刊行年月 2015年10月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4642-6

● 貞清親王〔さだきよ・しんのう〕慶長元年(一五九六)〜承応三年(一六五四)
邦房親王の王子。母は家女房。妃は前田利長の養女(宇喜多秀家の娘)。慶長四年(一五九九)、後陽成天皇の猶子となり、同一〇年に親王宣下。同一六年兵部卿。王子女に邦尚親王、邦道親王、顕子女王(徳川家綱室)、照子女王(徳川光貞室)など。
● 邦尚親王〔くになり・しんのう〕元和元年(一六一五)〜承応二年(一六五三)
貞清親王の王子。母は前田利長の養女(宇喜多秀家の娘)。後水尾天皇の猶子となり、寛永三年(一六二六)に親王宣下。嗣子がなく弟の邦道親王が伏見宮を継承する。
● 邦道親王〔くにみち・しんのう〕寛永一八年(一六四一)〜承応三年(一六五四)
邦尚親王の異母弟。母は家女房。後水尾天皇の猶子となり、慶安二年(一六四九)、親王宣下。同四年、大宰権帥に補せられる。兄邦尚親王の継嗣となるが翌年夭折。
●貞致親王〔さだゆき・しんのう〕寛永九年(一六三二)〜元禄七年(一六九四)
貞清親王の子、邦尚親王の異母弟とも。幼時に生母と家を出て鍛冶屋の徒弟になったといわれる(『忠利宿禰記』)。邦道親王の薨去により探し出され、京都所司代の吟味を経て伏見宮を継承。後水尾天皇の猶子となり、万治三年(一六六〇)に親王宣下。寛文七年(一六六七)式部卿。妃は関白近衛尚嗣の娘。義弟近衛基煕によれば「異風」の人であったという(『基煕公記』)。王子女に邦永親王、理子女王(徳川吉宗室)など。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第9巻 邦永親王実録

刊行年月 2015年10月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4643-3

● 邦永親王〔くになが・しんのう〕延宝四年(一六七六)〜享保一一年(一七二六)
貞致親王の王子。母は家女房。妃は福子内親王。霊元天皇の猶子となり、元禄八年(一六九五)、親王宣下。同年中務卿。王子女に貞建親王、培子女王(徳川家重室)など。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第10巻・第11巻 貞建親王実録 全2巻

刊行年月 2015年10月 揃定価55,000円 (揃本体50,000円) ※分売不可 ISBN978-4-8433-4644-0

● 貞建親王〔さだたけ・しんのう〕元禄一三年(一七〇〇)〜宝暦四年(一七五四)
邦永親王の王子。母は福子内親王。東山天皇の猶子となり、宝永六年(一七〇九)、親王宣下。正徳五年(一七一五)、兵部卿。王子女に邦忠親王、邦頼親王、貞子女王(御三卿徳川重好室)など。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第12巻 邦忠親王実録/貞行親王実録

刊行年月 2015年10月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4645-7

● 邦忠親王〔くにただ・しんのう〕享保一六年(一七三一)〜宝暦九年(一七五九)
貞建親王の王子。母は家女房。桜町天皇の猶子となり、寛保三年(一七四三)、親王宣下。同年上野太守。宝暦五年(一七五五)に兵部卿。同九年薨去したが嗣子はなく、桃園天皇の命により、弟の邦頼親王ではなく貞行親王(桃園天皇の第二皇子)が伏見宮を継承する。
● 貞行親王〔さだもち・しんのう〕宝暦一〇年(一七六〇)〜明和九年(一七七二)
桃園天皇の皇子。母は太政大臣一条兼香の娘富子。宝暦一三年(一七六三)、親王宣下。「叡敏尤甚」(『柳原紀光卿記』)人物であったが眼疾を患い早世した。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第3回配本 全7巻

刊行年月 2016年03月 揃定価192,500円 (揃本体175,000円) ISBN978-4-8433-4635-8

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第13巻 邦頼親王実録

刊行年月 2016年03月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4646-4

● 邦頼親王〔くにより・しんのう〕享保一八年(一七三三)〜享和二年(一八〇二)
貞建親王の王子。母は家女房。少時から勧修寺に入る。延享二年(一七四五)、桜町天皇の猶子となり、翌年親王宣下(寛宝入道親王)。同五年東大寺別当。安永三年(一七七四)、後桃園天皇の命により還俗し、改めて親王宣下。空主となっていた伏見宮を相続する。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第14巻・第15巻 貞敬親王実録 全2巻

刊行年月 2016年03月 揃定価55,000円 (揃本体50,000円) ※分売不可 ISBN978-4-8433-4647-1

● 貞敬親王〔さだよし・しんのう〕安永四年(一七七五)〜天保一二(一八四一)
邦頼親王の王子。母は家女房。妃は関白一条輝良の娘輝子。後桃園天皇の猶子となり、寛政九年(一七九七)に親王宣下。同年上野太守。文化元年(一八〇四)兵部卿。安永八年の後桃園天皇崩御に際しては、一時継嗣と目された。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第16巻~第18巻 邦家親王実録 全3巻

刊行年月 2016年03月 揃定価82,500円 (揃本体75,000円) ※分売不可 ISBN978-4-8433-4648-8

● 邦家親王〔くにいえ・しんのう〕享和二年(一八〇二)〜明治五年(一八七二)
貞敬親王の王子。母は家女房。妃は鷹司政煕の娘景子。光格天皇の猶子となり、文化一四年(一八一七)、親王宣下。同年上野太守。天保一三年(一八四二)、「家事向万端不取締」につき閉門を命ぜられ、同年に第六王子睦宮(貞教親王)に家督を譲り落飾。元治元年(一八六四)、貞教親王の後を継いだ貞愛親王(第一四王子)の家督返上により復飾。慶応三年(一八六七)、国事御用掛。明治五年、再び貞愛親王に伏見宮を相続させ同年薨去。

四親王家実録 第Ⅰ期 伏見宮実録 第19巻 貞教親王実録

刊行年月 2016年03月 定価27,500円 (本体25,000円) ISBN978-4-8433-4649-5

● 貞教親王〔さだのり・しんのう〕天保七年(一八三六)〜文久二年(一八六二)
邦家親王の王子(嫡子)。仁孝天皇の猶子となり、嘉永元年(一八四八)親王宣下。同年兵部卿。異母兄弟に山階宮晃親王、聖護院宮嘉言親王、久邇宮朝彦親王、小松宮彰仁親王、北白川宮能久親王、東伏見宮依仁親王、閑院宮載仁親王、華頂宮博経親王など。