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我、遠遊の志あり

ゆまに学芸選書ULULA 10
我、遠遊の志あり
―笹森儀助 風霜録

[著] 松田修一

定価2,376円(本体2,200円) 
ISBN 978-4-8433-4391-3 C1323
四六判/上製カバー装
刊行年月 2014年04月

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本書の内容

明治初年から「辺境」各地を探検。異色の東北人、その70年の生涯。

【日本図書館協会選定図書】

辺境とそこに生きる人々の生活を見て歩き、日本の明治近代を厳しく問うた笹森儀助の波乱の生涯。「我家固ヨリ貧シ 而シテ年壮ニシテ遠遊ノ志アリ」(『千島探験』)の言葉通り、行動し発言する明治人の気骨を描く。同郷の陸羯南、本多庸一や、政府要人である井上馨、井上毅、品川弥二郎など、笹森が関わった多くの人物が登場。著者は笹森の足跡を追い、保守派とみなされることが多かった笹森の、その革新性を描き出す。

[笹森儀助 ささもり・ぎすけ] 一八四五(弘化二)年、弘前藩士の家に生まれる。明治初期の藩・県の官吏をへて牧場経営に参画。当時、近畿から九州までを「貧旅行」する。陸羯南の勧めで千島に赴き『千島探験』を、続いて南西諸島を旅し『南島探験』を出版。後者は後の「南島学」の端緒となる。また、乞われて「奄美大島島司」の職に就くが、トカラ列島や台湾を視察。職を辞すと、東亜同文会との関係から朝鮮の日本語学校設立に参画。校長となるも、任期中にハバロフスク周辺までを視察してまわる。後、青森市長に就任するが任期途中で辞任。一九一五(大正四)年、波乱の生涯を閉じる。享年七〇歳。

■著者
 松田修一 東奥日報社編集委員室室長

目次

はじめに
第一章  おいたち、役人時代
奇跡の在府町  維新の蚊帳の外  難局請負人  山田一派の烙印  天下の難県
柔軟性と進取の気象  じょっぱり  国有林化の罪を糾弾  ヒバの伐採許可迫る
「慣習法だ」民有支持  斗南士族の極貧  救貧所接収に猛反対  ウリ作らぬ畑
県会ボイコット  民権保護の一点  自治行政の合理化  暮らしの民権  
百聞は一見に如かず  初代の中津軽郡郡長に  含英女小学の危機  他山師の教え
医学校再移転  相次ぐ災厄  天皇巡幸を招致  「弘前事件」勃発  共同会に距離
民権運動に疑問  革命的色彩を懸念  中央高官の介入  「弘前事件」の意義
事件の演出者は?
第二章  農牧社時代
道南視察と周到な準備  和魂洋農  廣澤安任を追って  大久保が東北に力注ぐ
草莽の人  補助は半額以下  羯南が要人紹介  士族移住の応募なく
リンゴ史変えた出会い  相次ぐ土地問題  混同農業  苦心の経営
一日三升しか売れず  不眠不休の東京店経営  横領事件  経営安定見届け辞任
第三章  貧旅行
政治への思い再び  国会傍聴打ち切り  西日本七〇日間
「野に生きる」決意新た  聖地巡礼  西野、来島の遺族訪問  西郷への憧憬
第四章  『千島探験』
軍艦磐城に便乗成功  陸羯南の協力  岡本監輔に中止進言  外国船野放しに怒り
「占守島へ戻せ」  カムチャツカ上陸密談  爪はがれ総身青ざめ
時代に応える総合解説  乙夜の覧
第五章  『南島探験』
井上馨の嘱託  旧慣温存  田代との面会  知事が協力指示か  奈良原繁と謝花昇
「沖縄は日本」  沖縄の美点尊重  ハンセン病患者の小屋  身なりだけ立派な役人
宮古島騒動  主観と客観、奇跡的同居  南島学の原点  険しい西表島西部
行く手阻む絶壁、滝  マラリアの恐怖  マラリア対策提言  「避病院以下だ」
「廃村確実」的中  「籠で水汲む刑」  極貧の村にも人頭税  機織り「懲役人以下」
税額を一方的に命令  立ち上がった宮古島民  中村らが運命的出会い  国会論議に影響
国利民福に尽くす人々  天覧
第六章  奄美大島時代
思わぬ依頼  「圧制慎め」島役人に厳命  島民の自奮促す  人材登用へ情報収集
糖業改良策  地道な方策  銀行支店を誘致?  高利息の対策
川辺郡十島を探検  病床から火口へ  不屈の開拓者・藤井富伝  医師巡回を上申
各島が学費拠出  師範学校、農学校に寄与?  伝染病と因習  台湾調査
植民地統治の現実 台湾領有への懐疑  首狩り死体を目撃  一転、日本の占領肯定  西郷碑建立
流血の政争  大島信の中傷  重病で?島司辞任  辞任の真相
第七章  大陸時代
朝鮮の日語学校長に  城津学堂  校務離れ幾度も  日本漁民の横暴  西伯利亜旅行
シベリア鉄道に驚愕  三千人もの邦人  からゆきさん  石光真清との再会
三国国境視察  韓国兵備は名ばかり  国民逃亡に手打てず  教育の必要性
学堂、鏡城へ移転  鏡城学堂開校に暗雲  再び三国国境へ  幻の鏡城学堂
第八章  市長時代、晩年
第二代青森市長  横領追及、貧民救済  悲願の上水道  商業補習学校を設立
貧しい人々の学校  辞職  沈黙のまま死去
第九章  対談――笹森儀助の思想
河西 英通(上越教育大学助教授)※現広島大学教授
小林 和幸(青山学院大学教授)
あとがき
主な参考文献
略年譜