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戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 全28巻+別巻1

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 全28巻+別巻1

[監修・解題] 冨田美香 [協力] 東京国立近代美術館フィルムセンター [協力] 日本大学藝術学部図書館 [協力] 立命館大学図書館

ISBN 978-4-8433-4327-2 C3374
A5判/上製/カバー装
刊行年月 2013年11月

関連情報

本書の内容

日本映画界に革新的な試みと実績を提示し、 絶大な人気を獲得したマキノ映画—。 今、その全貌が鮮やかに甦る。

刊行にあたって 立命館大学映像学部教授 冨田美香

 モダニズム旋風の巻き起こった一九二〇年代から一九三〇年代にかけて、モダン文化の窓でもあった映画は、サイレント期の黄金時代を迎えた。日本では、大正から昭和へ、そして関東大震災からの帝都復興へと向かう社会の激変期と重なり、映画文化も百花繚乱の相をきわめた。  その中でも最も刺激的な活動を多様に展開したと言えるのが、本復刻でようやく概容を掴むことが可能となる、マキノ映画である。マキノ映画とは、「日本映画の父」と称される牧野省三が京都に興した独立プロダクションとその映画作品群を示す総称であり、その活動は、一九二一年の牧野教育映画製作所から、一九三一年一〇月に倒産するマキノ映画株式会社までの一〇年間にわたる。  マキノ映画は家内工業的プロダクションでありながら、日本映画界へのカウンターといえる多くの革新的な試みと実績を提示し、絶大な人気を獲得した。その実績は、教育映画の製作・普及活動から、日本版活劇映画の開拓、直情的且つ反逆的でリアルなキャラクターの創造、文壇や劇界との交流、アメリカ映画へのオマージュ、群像劇の創出、自由製作・自由配給の提唱、国産トーキー映画の製作など多岐にわたり、新国劇や新劇、文学、左翼運動から御大典まで当時のムーブメントや世相を貪欲にとりいれ、数多くのスターや映画人を輩出した。マキノ映画は、スクリーン外でも、激しい融合分裂を繰り広げて一、二年ごとに変転し、火災や一年以上におよぶストライキなど、きわめて見世物性の高いドラマを華々しく展開して散開した。それは、日本の近代化を前に終焉を迎えた活動屋集団の軌跡でもあったが、その具体的な様相は、九〇〇本以上にのぼる全作品のうち、不完全版や断片も含めて現存作が三パーセント未満、一次資料も稀少、という現状を前に、伝説化しつつあった。  本集成は、このマキノ映画について現存するファン雑誌をほぼ網羅したものである。日本映画の源流ともいわれるマキノ映画の活動を一望できるよう、東京国立近代美術館フィルムセンター、日本大学藝術学部図書館、立命館大学図書館、早稲田大学坪内博士記念演劇博物館、熊本県立図書館、立命館大学アート・リサーチセンター都村健寄託コレクションおよび松尾文人寄託コレクションの協力を得、マキノ映画のスタッフ達が編集・発行した『マキノ』(『等持院』改題)から、等持院撮影所の東亜キネマのファン雑誌までおさめた。本復刻は、映画会社や撮影所のファン雑誌を対象にした初めての試みでもあり、映画の作り手と観客とが誌上のコミュニケーションを通して、スターや会社のイメージまでも想像/創造しながら、戦前の最大のメディアである映画への欲望と吸引力を高めていったダイナミズムをも明らかにするであろう。映画研究にとどまらず、芸能史、二〇年代モダニズム、文学、大衆文化、社会史、日本研究など多様な研究分野で活用されたい。


本書を推薦します

『なまの声が伝える 映画的熱気』 映画評論家 山根貞男
 日本映画は一九二〇年代の後半に華々しい隆盛期を迎えた。まだ音声のないサイレントの時代であったが、すぐれた才能の切磋琢磨のもと、画ですべてを表現する技が成熟していたのである。むろんその勢いは観客のものでもあり、大正末期から昭和初期にかけて、活動写真ファンの情熱が映画状況を活気づけた。  そうした観客の動きは、当時のファン雑誌を見れば一目瞭然であろう。一般的な映画雑誌とは明らかに異なる純粋に活動写真ファンのための雑誌が、いまでは信じられないほど数多く刊行され、映画ジャーナリズムの一翼を担っていた。  『戦前期映画ファン雑誌集成 マキノ』はその様相を示すものにほかならない。「マキノ」とはいうまでもなく「日本映画の父」牧野省三の映画会社とそこから生み出された作品群を指すが、それらに関するファン雑誌が、同時期に、『マキノ』『マキノ映画』『マキノプロダクション』『マキノ画報』など何種類もあったことに驚かされる。まさに映画的熱気という以外なかろう。  牧野省三とその一党が膨大な数の活動写真を生み出し、ファンが熱狂的に支持したわけで、その勢いに目が眩むが、そのとき、ひとつの事実が浮かび上がる。当時のフィルムが、なんと一割も現存しない、という厳然たる事実である。  そこで、ファン雑誌の貴重さはいよいよ高まる。どんな作品がどのように撮られていたかはむろんのこと、どのように見られていたかも、そこには記録されている。しかも、なまの声で。  ファン雑誌に沸き立つ観客の声は、当時の大衆文化状況を伝えるとともに、何十年もの歳月を越えて、フィルム保存の情けないあり方を撃ってくる。

『甦るマキノ映画』 日本大学藝術学部映画学科教授 田島良一
 大正八年のミカド商会から始まり、東亜キネマ時代を挟んで、昭和六年のマキノプロダクションの解散まで、牧野省三の率いるマキノ映画が我が国の時代劇映画の歴史に一時代を画したことはよく知られている。牧野はそれまでの歌舞伎の型を踏襲した様式的な立ち回りをリアルなチャンバラ(剣戟映画)に変え、さらに、勧善懲悪的なヒーローを反逆的なヒーローへと変えたのだった。そんなマキノ映画からは阪東妻三郎をはじめ、市川右太衛門、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎などの時代劇の大スターや、寿々喜多呂九平、山上伊太郎、マキノ雅広、衣笠貞之助などの優れた脚本家や映画監督が輩出し、マキノ映画は時代劇王国を誇った。  だが、残念なことに、マキノ映画はその大部分が失われ、現在では、マキノ省三監督の『百萬両秘聞 第一第二最終篇』(一九二七年)や、第三篇の欠落した金森万象監督の『砂絵呪縛』(一九二七年)など、ごく僅かな作品しか残っていない。したがって、マキノ映画の研究は残された当時の映画雑誌やチラシなどの文献資料に頼らざるを得ないが、マキノ映画関係の雑誌を閲覧するのは極めて困難である。それだけに、今回『マキノ』や『マキノ映画』、そして『マキノプロダクション』など、マキノ映画研究には不可欠な各種の映画ファン雑誌が復刻されることは画期的な朗報である。特に、マキノの現代劇映画は時代劇映画の名声に隠れてあまり注目されて来なかっただけに、これを機会に新たな研究の進展が期待される。いずれにしても、今回の復刻版の刊行で、マキノ映画の魅力が鮮やかに甦ってくることだろう。

【マキノ映画】“日本映画の父”と称された牧野省三(1878〜1929)が率い、多くのスターや名監督、スタッフを輩出した映画集団『マキノ』。マキノ映画とは、この映画集団『マキノ』によって京都・洛西地域を中心に展開された独立プロ活動およびその映画作品群を示す総称である。日本の映画文化の原点ともいえるこれらの活動は、京都を日本のハリウッドへと変貌させたとともに、日本映画文化・産業の基盤を築きあげた原動力となった。
【映画ファン雑誌】無声映画が黄金時代を迎えた大正末期から昭和初期にかけて、数多くの映画雑誌が発行された。とりわけ、映画会社やプロダクション、ブロマイド販売社などから発行された映画ファンのための雑誌には、今ではフィルムが失われて観ることのできない映画のスチル写真やスナップ、製作談やファンの声などが溢れるばかりに掲載されている。当時の映画文化や大衆文化について知るうえで第一級の貴重な資料である。

☆無声映画の隆盛期をささえたマキノ映画ファン雑誌たち☆
●『等持院』『マキノ』  『等持院』(1925年4月創刊)『マキノ』(1925年7月『等持院』改題)。 撮影所のスタッフ達が発行した珍しいファン雑誌であり、牧野省三を中心とした家族経営的なマキノ映画の特徴をもっともよく表している。主要な監督、スター、スタッフ達の文章や写真、撮影所の活動報告が充実している。  本誌は、マキノ映画の資本力を補強するべく1924年に合併した東亜キネマを牧野省三が辞職し、マキノ・プロダクションを立ち上げて再独立を果たす過程で、発行された。編集の「マキノを圍る同人社」は、マキノのスター脚本家である寿々喜多呂九平、監督の金森万象と二川文太郎、そして広報を担当した都村健の四名が組織し、同人には再独立に参加する主要スターやスタッフ、『キネマ旬報』で日本映画評を担当していた山本緑葉を迎えている。発行の奮闘社と松葉屋は、ブロマイドの販売会社。
●『マキノプロダクション』  1927年2月創刊。映画世界社が「もっとも普遍的にもっとも全国的に普及」を謳って編集・発行したファン雑誌。東京の出版社の編集・発行であり、書き手もマキノ映画の若手監督に加え、批評家の飯島正や松竹の五所平之助など多彩。作品リストや所員名簿などの記録性も加味し、マキノの倒産間際まで発行を続けた。
●『マキノ映画』  1925年8月『東亜画報』改題。本誌は、マキノ映画の総務であった河野正一が主幹を務め、1923年創刊の『映画の栞』から『マキノ画報』そして『東亜画報』を前身とし、マキノの再独立時に『マキノ映画』と改題したもの。編集は河野の後に、脚本家となる比佐芳武が担当し、マキノ・プロダクション機関紙を謳う。グラビア、新作紹介、撮影所情報を中心に構成したファン雑誌の中でも、読者評や投書欄を豊富に設けており、受容者の視点を把握しやすい。
●『映画之栞』『マキノ』 『マキノ画報』『東亜画報』  『マキノ映画』の前身誌。『映画の栞』(1923年8月創刊)は、劇映画の製作を開始したマキノ映画の配給部門・日本映画配給合名社の機関誌で、関東大震災直後に同人誌『マキノ』(1923年9月創刊)を合併し、マキノ機関誌を謳う『マキノ画報』(1923年12月創刊)へと姿を変えた。『マキノ画報』の編集・発行人は、マキノの総務・河野正一が務め、東亜キネマとの合併後に『東亜画報』と改題(1924年9月)。マキノ再独立後は、『マキノ映画』を発行して抜けた河野に代わり、河村隆一が発行を続けた。大正期の本誌には、マキノが配給を行っていたユナイテッド作品やアメリカ映画情報も掲載。京城の映画館など、マキノ上映館の広告も豊富。
●『東亜キネマ』  1925年11月創刊。マキノ再独立時に、東亜キネマの地元である西宮市で編集・発行された東亜キネマのファン雑誌。
●『東亜映画』  1928年1月創刊。のちに映画史を執筆する岡部龍が編集・発行した東亜キネマのファン雑誌。古川緑波、田中三郎、袋一平ら当時の批評家たちが執筆。
●『大東亜』『東亜キネマ』  『大東亜』(1925年6月創刊)『東亜キネマ』(1927年8月『大東亜』改題)。マキノが東亜から独立する時期に創刊された東亜キネマのファン雑誌で、東京の活動新聞社(岡村紫峰)が編集・発行。合併中のマキノ系企画で作られた映画、等持院撮影所のその後、東亜キネマに残ったスタッフ・スター、新たな東亜キネマの方向などを確認できる。
●『週間マキノ』  1925年8月創刊。東亜からマキノ再独立時に、マキノの都村健が毎週金曜に発行。両面印刷の一枚ものだが、建設中の撮影所など情報量は非常に多い。
●『マキノ新劇』  創刊年不明。編集・発行人は当時マキノの監督だった衣笠貞之助。夜間撮影が多いためフクロウとあだ名された衣笠は、フクロウをキネマクロズアップ社のマークとした。北山清太郎の挿絵や原稿なども掲載。
●『マキノ花形』  1927年5月創刊。花形社は、日活花形、阪妻花形、キネマ花形など、ファン雑誌を多数発行していた出版社。本誌も、これらと同様の誌面構成を行っている。
●『東亜映画シリーズ』『東亜グラフィック』  『東亜映画シリーズ』(1924年創刊)『東亜グラフィック』(1924年11月創刊)。東亜キネマとの合併時に発行されたグラフ誌で、特作の紹介が中心。編集には都村健が参加。
●『マキノキネマ』  1923年12月創刊。京都市内で発行されたマキノキネマ社の同人誌で、現存する最初期のマキノ映画ファン雑誌。
●『東亜』『マキノ画報』  『東亜』(1924年10月『マキノ』改題)『マキノ画報』(1925年8月『東亜』改題)。名古屋で発行されたファン雑誌。合併・再独立に即して、『マキノ』『東亜』『マキノ画報』と改題。発行者は、祖父江鉱一。名古屋の映画館情報や、名古屋への撮影所開設要望(のちに実現)などが掲載されている。

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第1回配本 全6巻

刊行年月 2013年11月 揃定価102,600円 (揃本体95,000円) ISBN978-4-8433-4328-9

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第2巻 『マキノ』第7号〜第11号(1926年2月〜6月)

刊行年月 2013年11月 定価17,280円 (本体16,000円) ISBN978-4-8433-4330-2

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第3巻 『マキノ』第12号〜第16号(1926年7月〜11月)

刊行年月 2013年11月 定価17,280円 (本体16,000円) ISBN978-4-8433-4331-9

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第2回配本 全7巻

刊行年月 2014年06月 揃定価120,960円 (揃本体112,000円) ISBN978-4-8433-4365-4

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第3回配本 全9巻

刊行年月 2015年02月 揃定価156,600円 (揃本体145,000円) ISBN978-4-8433-4366-1

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第4回配本 全6巻

刊行年月 2016年09月 揃定価118,800円 (揃本体110,000円) ISBN978-4-8433-4367-8

戦前期映画ファン雑誌集成 第Ⅰ期 マキノ 第5回配本 別巻1 作品索引/人名索引/マキノ映画活動年表

刊行年月 2017年09月(予定) ISBN978-4-8433-4390-6

※価格未定