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長生炭鉱 朝鮮人関係資料集 全6巻【new!】
定価183,920円(本体152,000円)
ISBN 978-4-8433-7227-2 C3321
A5判/上製
刊行年月 2026年07月(予定)
電子書籍 あり
本書の内容
昭和17年2月、大規模な海水浸入「水非常」により、水没した長生炭鉱。 事故発生に至るまでの、朝鮮人鉱夫の実態を記録した唯一の資料群。
(電子書籍=同時1アクセス:本体167,200円+税╱同時3アクセス:本体334,400円+税)
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本書の特色
●昭和17年2月、大規模水災「水非常」により水没した、長生炭鉱の会社側資料を収録(「水非常」に関する資料は含まず)。
●今後、実地調査が進むと思われる長生炭鉱について研究する際に、不可欠の資料群。
●昭和14〜17年、長生炭鉱で採掘に従事した朝鮮人鉱夫の労働時間、採炭量、給与などを記録しており、労働の実態解明の情報源となる。
●「水非常」に至るまでに発生した、中小規模の事故や鉱夫の負傷の状況等から、その危険な実態が把握可能。
刊行にあたって 長澤 秀
長生炭鉱はかつて山口県の宇部炭田にあった中堅炭鉱のひとつ。国家総動員体制下の1942(昭和17)年2月3日に大規模な坑内水没事故をひき起こし、その時入坑中の鉱夫を中心に、183人(うち朝鮮人136人)の行方不明者を出した。遺体の捜索、回収もなされず今日に至っていたが、2025(令和7)年8月、地元の民間団体「長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会」が中心になって、人骨数点を海中から回収。現在、DNA鑑定により身元の判明を目ざしている。
本資料集は未曾有の大惨事をひき起こした当事者である炭鉱会社側の文書のうち、とくに朝鮮人に関する文書を中心に収録、編集した。その主なものを挙げる。
①一1939(昭和14)年秋から始まる朝鮮人労務動員(いわゆる「会社募集」)以前から多数の朝鮮人が就労し、「朝鮮炭鉱」と揶揄されていた長生炭鉱。その採炭現場ではすでに朝鮮人鉱夫が労働の要になっていたことを示す文書。例えば「鉱務日誌」「掘進賃金支払伝票」等。
②1939年10月から水没事故までの間に、十数回に亘り、合わせて1258人の朝鮮人集団を朝鮮から長生炭鉱に労務動員している。その実態を示す文書。例えば「現場係員配置簿」「集団渡航鮮人有付記録」等。
③朝鮮人のほとんどが坑内採炭や岩石掘進に従事した。賃金はいずれも出来高払いのため、個々人の日々の出炭量、掘進量は克明に記録されていた。例えば「採炭票」「跡間工程表」等。
④坑内各現場の係員が日々記述する各種日誌には、甲方、乙方(一日二交代)ごとの通気、排水、運搬(通称「捲」と呼ばれた巻揚機で地上に運び出した炭車の数)、事故(物損、人身)等の詳細な記述がある。本資料集には、朝鮮人に係わる人身事故はその軽重を問わず、全て収録した。各種坑内日誌には水没事故当日の数週間前から、坑内異常出水の記述が散見される。これが水没事故の予兆を示している可能性がある。さらに、この炭鉱の日常の生産管理の実態がかなり杜撰で危険なものだったことを示す文書。例えば「日誌」「運搬日誌」等。
炭鉱会社に採用されると、会社から四桁の鉱夫番号が付けられた。万一、遺体衣服、その他に鉱夫番号が確認できれば、身元判明の根拠になる可能性がある。
多方面での利用を期待します。
(ながさわ・しげる 在日朝鮮人運動史研究会会員)
長澤 秀(ながさわ・しげる) 昭和26年、福島県会津若松市生まれ。早稲田大学卒業、明治大学大学院修士課程修了、立教大学大学院博士後期課程退学。高校教員、塾講師、美術学校経営を経て、現在に至る。在日朝鮮人運動史研究会会員。「海峡」同人。主要編著書、『石炭統制会極秘文書・戦時下朝鮮人中国人連合軍俘虜強制連行資料集』『石炭産業内部文書・戦時下強制連行極秘資料集 東日本篇』『樺太庁警察部文書・戦前朝鮮人関係警察資料集』『戦後初期在日朝鮮人人口調査資料集』(以上、緑蔭書房)ほか。
推薦のことば
さらなる研究の深化に期待
竹内康人
このたび発行される資料集の「集団渡航鮮人有付記録」からは集団動員の日時と動員者の氏名、坑夫番号が判明する。集団動員者の坑夫番号は2000番からである。「採炭票」(個表)には氏名、坑夫番号、出炭状況が記され、労働者ひとり一人の労働状況がわかる。「跡間工程表」からは6人が一組にされ二交替で炭鉱の深部に送り込まれていたことを知ることができる。「負傷者調査簿」からは労働者の死傷状況が判明する。「採炭賞与支払伝票」からは氏名、坑夫番号、等級などがわかる。
日本政府は戦時総動員体制のなかで労務動員計画を策定し、企業に必要な動員数を提出させ、動員数を承認した。それにより企業は朝鮮総督府から動員する郡の指定を受け、官庁の斡旋により労働現場に連行した。中央協和会「移入朝鮮人労務者状況調」によれば、長生炭鉱には1939年10月から41年末までに1630人の動員が承認され、1258人が動員された。
慶尚北道迎日郡からの動員者によれば、薜道述は募集され面(日本の村に相当)に集合、板塀の四棟に収容されたが、逃亡者は殴打された。金景鳳は巡査により連行、坑内の空気は悪く、ひどい下痢で死にそうになった。逃亡者は木の棒で殴られた。秋順得は寮に収容され、二交替で奥の切羽で採炭させられたが、空腹と船のエンジン音の下での労働が恐ろしく、逃亡ばかり考えたという。労務動員による「募集」の実態は強制動員であり、現場では暴力による過酷な労働が強いられたのである。
大日本産業報国会「殉職産業人名簿」には死者名、年齢、遺族名、連絡先が記され、長生炭鉱の死者140人ほどが掲載されている。この名簿の長生炭鉱死者と資料集にある坑夫番号を照合すると死者の動員時期が判明し、慶尚北道の軍威・盈徳・迎日・永川、慶尚南道の泗川・固城、忠清南道の瑞山・唐津から集団動員されたことがわかる。この名簿を頼りに長生炭鉱の遺族調査が始まり、1993年に遺族会が結成された。追悼碑だけでなく遺骨の返還をという遺族会の願いは市民を動かし、2025年、海底の水没坑道で遺体が発見された。
筆者は長澤秀氏から2021年に一部資料の閲覧の機会をえ、長生炭鉱の朝鮮人労働者1100人ほどの名簿を作成、長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会に提供した。この資料集に収録される「保安日誌」、「鉱務日誌」などは未見である。炭鉱内部の状況や「跡間工程表」の詳細な分析なども求められる。資料集発刊を契機に長生炭鉱の研究がいっそうすすむことを期待したい。
(たけうち・やすと 歴史研究者)
産業構造最下部の痕跡
大和裕美子
長生炭鉱水没事故は、長らく限られた人々のあいだで語られるにとどまり、広く社会のなかで認識されることはなかった。近年、市民による遺骨収集を契機として、この事故はいま大きな社会的関心を集めている。
本資料集は、企業が残した労働者の記録を通して、炭鉱夫たちの生そのものを読み解く基礎史料である。そこに収められているのは、一般的な歴史叙述のなかでは前面に現れてこなかった記録群であり、大日本帝国期の産業構造の最下部に置かれていた人びとの痕跡である。みずから語ることのできなかった人びとの存在を、企業の文書から読み取ろうとする試みでもある。
労務管理とは、単なる賃金支払いや人員配置の問題ではない。危険をいかに認識し、いかに管理し、いかに責任を分散させていたのかという、企業統治のあり方そのものであった。
本資料集に収められた文書群は、朝鮮人労働者を含む労働の実態や、事故以前の操業と管理のあり方を企業側が記録してきたものである。帳簿、日誌、採炭票、賃金記録といった史料は、被害を直接に語る証言ではない。しかし、そこから当時の現実を読み取ることができる。
長生炭鉱をめぐる市民の取り組みは、単に「何が起きたのか」を明らかにすることに向けられてきたのではない。長年にわたる追悼碑建立の運動は、むしろ、誰の記憶が残され、誰の存在が取りこぼされてきたのかという問いを繰り返し投げかけてきた。事故をめぐる市民運動と記憶研究の立場から見ると、本資料集は、その問いを企業側の記録という別の角度から支える。労働と管理のあり方のなかに事故を位置づけ直すための確かな基盤を提供し、そこから、この事故がどのような労働環境のもとで生じたのか、その輪郭が静かに浮かび上がってくるだろう。
とりわけ第1、2巻に含まれる賃金記録や労務関係文書、坑夫番号や氏名を含む記録群は、犠牲者を匿名的な存在としてではなく、具体的な労働の担い手として捉え直す力をもっている。企業側の記録は、個人の存在を歴史のなかに具体的に立ち上がらせる重要なよりどころとなる。近年進められている遺骨収集や身元確認を考えるうえでも、当時どのような人びとが、どのような条件のもとで働いていたのかを確かめる作業は欠かすことができない。
本資料集は、この事故を過去に封じ込めるのではなく、社会のなかでいかに記憶され、いかに問い直されてきたのかを考えるための、欠かすことのできない史料群である。
(やまと・ゆみこ 九州共立大学教授)
長生炭鉱 朝鮮人関係資料集 第1巻 集団渡航鮮人有付記録 他
刊行年月 2026年07月(予定)
定価27,500円
(本体25,000円)
ISBN978-4-8433-7228-9
電子書籍版=同時1アクセス:本体27,500円+税・同時3アクセス:本体55,000円+税
