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東京満蒙開拓団資料集成 第1期
「ルンペン・プロレタリアート」の満洲農業移民関係資料 第1巻 「ルンペン・プロレタリアート」の満洲農業移民関係資料 1
定価27,500円(本体25,000円)
ISBN 978-4-8433-7414-6
刊行年月 2026年11月(予定)
電子書籍 あり
本書の内容
(電子書籍版=同時1アクセス:本体27,500円+税╱同時3アクセス:本体55,000円+税)
Ⅰ 前史 ―渡満まで 1930年~1932年
1.移民送出の背景と社会事業団体天照園
「所謂「ルムペン」の考察(一)、(二)」(『社会福利』1932年8月号・9月号)╱畑野喜一郎『どん底に探る』(若き時代社、1932年10月)╱「昭和八年度社会事業補助金」(東京市文書、1934年2月)╱「塩崎町・浜園町附近の不健康住宅を撤去(『市政週報』1941年10月25日)他
2.メディアの観た天照園移民
「集団移民の先頭を切りルンペン満洲へ 天照園から四十三名」(『東京朝日新聞』1932年6月9日)╱「焼ちう酌んで盛宴 ルンペン君の送別会 秦憲兵司令官も激励」(『東京朝日新聞』1932年6月11日)╱「満洲行ルンペン団送別会『我等は満洲の人柱 成功しても生きて帰らぬ』秦憲兵司令官が送別の辞一席」(『読売新聞』1932年6月11日)╱「『やがては満洲にルンペン天国』天照園の青年廿五名けさ出発」(『読売新聞』1933年5月6日)╱「天照園の満洲移民あす出発」(『読売新聞』1934年3月27日)他
Ⅱ 満洲移民実習所の天照園移民 1932年6月~1935年
「深川から満洲へ 汗の生活に励む 更生ルンペン天照園 移民村を訪ふ」(『東京朝日新聞』1932年7月5日)╱「お米にさよなら 支那人の常食へ 近く馬賊退治も勉強」(『東京朝日新聞』1932年7月5日)╱「ルンペン村の天照園主帰る 半年振りに満洲から」(『東京朝日新聞』1932年12月2日)╱「働かざるもの食ふべからず きのふのルンペン けふは満蒙の開拓者」(『大阪毎日新聞』1932年12月30日)╱「天照園移民事情」(関東庁内務局農林課、1933年6月)
Ⅲ 天照園村 ―通遼県銭家店 1933年3月29日~1934年2月(前編)
「天照園移住団」(永田稠『満洲移民前夜物語』1942年5月)╱「自由移民の先鋒、天照園移民」(大東亜省『満洲開拓拾年史』1940年1月)╱「満洲天照村業績並計画」(満洲天照村、1933年12月)╱「天照園移民」[抜粋](『日満統制経済と農業移民』日本学術振興会、1935年4月)╱「昭和九年度決算報告書」(満洲国興安南分省通遼県銭家店天照村総弁公処、1935年4月)
