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美術批評家著作選集 第6回 全2巻

美術批評家著作選集 第6回 全2巻

揃定価45,360円(揃本体42,000円) 
ISBN 978-4-8433-5124-6
刊行年月 2017年03月

本書の内容

日中戦争から太平洋戦争の敗戦に至るまでの「戦争美術」「戦争画」と呼ばれる制作活動および作品の成立を、批評家、美術家、雑誌新聞等ジャーナリズム、官僚・軍関係者等、戦時下の美術界に生きた同時代人の証言でたどる。

美術批評家著作選集 第20巻 戦争美術の証言(上)

刊行年月 2017年03月 定価19,440円 (本体18,000円) IISBN978-4-8433-5125-3

[編・解説]河田明久

摩寿意善郎「絵画に於ける時代性と社会性」(美之国1937年9月)/松岡映丘「日本画に於ける戦争画」(塔影1937年11月)/廣瀬喜六「戦争と絵画」(塔影1937年11月)/内ケ崎作三郎「事変と美術雑感」(塔影1937年12月)/等々力巳吉「戦線を行く」(アトリエ1938年1月)/小早川篤四郎「軍事絵画への犠牲―岩倉具方君を悼む」(美術1938年1月)/小早川秋聲「北支戦線より」(塔影1938年1月)/林達郎「時局と美術」(美之国1938年2月)/小早川篤四郎「戦争時代と画家」(アトリエ1938年4月)/「従軍画家座談会」(美術1938年4月)/川島理一郎「北支行の言葉」(塔影1938年5月)/藤島武二「中支戦線雑感」(塔影1938年7月)/「座談会 近代戦争と絵画―従軍画家を迎へて」(東京朝日新聞1938年7月29~31日)/中村研一「上海の宿」(美術1938年8月)/向井潤吉「従軍画家私義」(美術1938年8月)/栗原信「徐州→帰徳→蘭埠→開封→」(美術1938年8月)/鈴木栄二郎「八ケ月の従軍」(美術1938年8月)/小磯良平「屋根裏のアトリエ」(文芸春秋・現地報告 臨時増刊24 1939年9月)/三輪鄰「従軍画への考察―陸軍従軍画展を観て」(美之国1938年8月)/「座談会 非常時と美術家の行く道」(読売新聞1938年8月6日、10~13日、18~20日)/柴野中佐「戦争画に対する質疑に答ふ」(読売新聞1938年8月12日)/柴野中佐「軍事絵画の展覧会出品に就て」(アトリエ1938年9月)/三輪鄰「戦争画への期待」(美之国1938年9月)/柳亮「絵画的モチーフとしての戦争画について」(みづゑ1938年9月)/木村荘八「事変は美術へ何う響いたか」(週刊朝日1938年9月18日)/麻生豊「伝単を描きつつ」(文芸春秋・現地報告 臨時増刊13(1938年10月)/中川紀元「美術と戦争」(塔影1938年10月)/伊原宇三郎「北支従軍画行日記抄」(文芸春秋1938年12月)/藤田嗣治「聖戦従軍三十三日」(文芸春秋・現地報告 臨時増刊15 1938年12月)/「二科展飾つた戦争画 海外頒布を禁止 〝聖戦の認識〟を誤る」(東京朝日新聞1939年2月15日)/「従軍報告座談会 観て来た支那と支那人」(塔影1939年3月)/田中佐一郎「湖南岳州―中支従軍記ノ内」(美之国1939年4月)/三輪鄰「〈従軍画家展〉その他」(美之国1939年4月)/荒城季夫「戦争画の問題(1~3)」(東京朝日新聞1939年4月20~22日)/石井柏亭「健康なる文化の創造へ」(塔影1939年5月)/荒城季夫「美術と政治―戦時下美術人の知性と情熱」(アトリエ1939年7月)/児島喜久雄「聖戦美術展(1~3)洋画評・総評」(東京朝日新聞1939年7月11~13日)/伊原宇三郎「戦争美術と身辺雑記」(みづゑ1939年8月)/柳亮「芸術に於けるモニュマンタリテの意義及びその日本的表現の特質」(みづゑ1939年10月)/宮田重雄「帰還報告」(アトリエ1939年11月)/小磯良平「戦争画の問題」(週刊朝日1940年2月4日)/保田与重郎「将来の課題―永徳をめぐつて」(アトリエ1940年3月)/向山峡路「戦争美術」(美之国1940年7月)/「仏蘭西芸術は何処へ行く―今次の世界戦と今後の芸術の方向を語る座談会」(みづゑ1940年8月)/難波田龍起「新体制下の美術を考へる」(美之国1940年9月)/向井潤吉「聖戦展満洲行報告」(美之国1940年9月)/「帰還兵士の美術観」(アトリエ1940年10月)/「座談会 新しい美術体制を語る」(アトリエ1940年10月)/馬淵逸雄「戦争と画家」(改造1940年11月)/神田正道「革新と前進」(アトリエ1940年12月)/田近憲三「文芸復興期の技術伝統(1・2)」(アトリエ1941年1・2月)/瀧口修造「主題と画因」(造形芸術1941年2月)/瀧口修造「課題の意味」(造形芸術1941年4月)/「座談会 国防国家と美術」(みづゑ1941年1月)/「対談 生活と美術」(みづゑ1941年2月)/「座談会 画家の立場」(みづゑ1941年3月)/松本俊介「生きてゐる画家」(みづゑ1941年4月)/「座談会 国家と美術を語る」(美之国1941年3月)/長谷川如是閑「造形美の日本的性格―審美性と倫理性との合致」(造形芸術1941年3月)/黒田千吉郎「時局と美術人の覚悟」(みづゑ1941年6月)/柳亮「生活と美術―効用論者への反省として」(アトリエ1941年7月)/富澤有為男「聖戦展に於ける考察と感動」(アトリエ1941年8月)/鈴木庫三中佐「国防国家と文化」(美術文化新聞1941年8月17・24・31日)/「座談会 新発足の心構へ―美術文化諸問題検討」(美術文化新聞1941年8月24日)/植村鷹千代「様式美術論」(画論1号1941年9月)/「座談会 美術家の隣組常会」(国民美術1941年10月)/植村鷹千代「時局と美術―才能の幅について」(旬刊美術新報1941年10月20日)/田近憲三「戦争絵画偶感」(旬刊美術新報1941年10月20日)/「海軍魂の権化に彩管揮ふ」(美術文化新聞1941年11月16日)/柳亮「主題画と構図問題」(新美術1941年12月)/「座談会 絵画の技法を語る」(新美術1941年12月)/「座談会 大東亜戦争と美術を語る」(旬刊美術新報1942年1月1日)/難波架空像「臨戦美術としての街頭壁画」(画論1942年1月)/大阪新美術家同盟「街頭壁画第二作の報告」(画論1942年7月)/三輪鄰「生活美術―市民美術館・美術勤労・大東亜生活圏と美術・美術家錬成道場」(新美術1942年1~3月、8月)

美術批評家著作選集 第21巻 戦争美術の証言(下)

刊行年月 2017年03月 定価25,920円 (本体24,000円) IISBN978-4-8433-5126-0

[編・解説]河田明久

「座談会 大東亜文化の建設的課題」(美術文化新聞1942年1月11・18・25日)/高村光太郎・川路柳虹「対談 東亜新文化と美術の問題(1・2)」(旬刊美術新報1942年1月20日、2月1日)/浅利篤「工場と美術家」(旬刊美術新報1942年2月1日)/三雲祥之助「大東亜戦争と美術に及ぼす影響」(生活美術1942年2月)/植村鷹千代「戦争画に就いて」(生活美術1942年2月)/「決戦下の美術を聴く」(生活美術1942年2月)/伊原宇三郎「大東亜戦争と美術家」(新美術1942年2月)/石井柏亭「国民の誓ひ」(美術文化新聞1942年3月1日)/佐波甫「大東亜美術の根本理念」(美術文化新聞1942年3月8日)/桐原葆見「新しき美の創造」(新美術1942年4月)/桑原少佐「文化戦と美術家の役割」(美術文化新聞1942年4月5日)/「座談会 大東亜文化圏の構想(1・2)」(美術文化新聞1942年4月26日、5月3日)/佐波甫「二、三の提案」(新美術1942年5月)/「座談会 大東亜戦争と美術」(季刊美術1942年5月)/「座談会 大東亜戦争と海洋思想(1~4)」(美術文化新聞1942年6月7、14、21、28日)/横川毅一郎「現代日本画論―主として〈技術以前〉に属する諸問題の批判」(画論1942年6月)/今泉篤男「官展の目標」(新美術1942年7月)/福沢一郎「戦争画の矛盾」(新美術1942年7月)/植村鷹千代「絵画史発展の条件」(画論1942年7月)/「モニュマンタル芸術運動―造営彫塑人会生る」高村光太郎「われ等芸術家は再び祖先の芸術精神に生きん」井上司郎「芸術家の魂により時代を導け」柳亮「勝利者の芸術を作れ」(美術文化新聞1942年7月19日)/高木紀重「実践目標は明確」(美術文化新聞1942年7月26日)/本郷新「記念碑の造型」(新美術1942年8月)/森口多里「目的芸術としての絵画」(国画1942年8月)/大山廣光「日本画の戦争表現に就ての考察」(国画1942年8月)/植村鷹千代「美術における美と術」(美術文化新聞1942年9月6日)/池上恒「陸軍美術教育と芸術家の覚醒」(旬刊美術新報1942年9月1日)/戸川行男「生産美術協会の設立に就て」(新美術1942年9月)/「生産美術協会生る」高村光太郎「工場の美化運動」(美術文化新聞1942年11月15日)/「目で見た実戦・彩管部隊座談会」(朝日新聞1942年5月14日)/『大東亜戦争 南方画信』(陸軍美術協会1942年9月15日)「陸軍派遣画家 南方戦線座談会」黒田千吉郎「戦争画について」/三輪晁勢「南方戦跡巡りて」(美術文化新聞1942年11月29日、1943年1月24日)/「一年の収穫 陸海報道班員派遣員座談会」平櫛孝「〈一年の収穫〉座談会に寄せて 南方文化工作私見」(改造1942年12月)/藤田嗣治「戦争と絵画(上・下)」(東京日日新聞1942年12月1・2日)/植村鷹千代「大東亜戦争と日本美術」(新美術1942年12月)/荒城季夫「大東亜戦争美術展(上・下)」(朝日新聞1942年12月11・12日)/『大東亜戦争 南方画信 第二輯』(陸軍美術協会1942年12月20日)より平櫛孝「戦時下美術家への要望」藤田嗣治「兵隊さんの手紙と今後の作画」山口蓬春「香港浅水湾」中村研一「鉄条網を切る」吉岡堅二「南へ南へ」中山巍「パレンバンの記」宮本三郎「会見図に就いて」猪熊弦一郎「マニラの街にて」田村孝之介「或る日の記―ビルマにて」栗原信「飛行機」鶴田吾郎「南空を制く」荻須高徳「仏印の印象」田中佐一郎「従軍手帖より」向井潤吉「出発・上陸よりマニラまで」清水登之「ニッパとダイヤ」伊原宇三郎「ビルマ行」小磯良平「バリ島日記抄」/「戦争画制作の苦心を語る(1~4)」(美術文化新聞1942年12月20日、1943年1月3日、10日、17日)/四宮潤一「大東亜戦争美術展を観て」(美術文化新聞1942年12月27日)/「戦果に輝く彩管 大東亜戦争画座談会」(週刊朝日1942年12月27日)/尾川多計「写実への志向―現代洋画壇の帰趨」(季刊美術1942年12月25日)/「軍事美術第一回研究会」(美術文化新聞1943年1月3日)/藤田嗣治「戦争画への精進(上・下)」(朝日新聞1943年1月7・8日)/木村重夫「思想戦線における絵画―大東亜戦争美術展を観て」(国画1943年1月)/藤田嗣治「欧州画壇への袂別」(改造1943年2月)/藤田嗣治「戦争画に就いて」(新美術1943年2月)/柳亮「戦争美術の浪漫性と写実性―大東亜戦争美術展評」(新美術1943年2月)/本荘可宗「国画の現代的課題」(国画1943年3月)/楢原祐「陸軍美術を観て」(美術文化新聞1943年4月4日)/栗原信「昨日の画家 今日の画家」(画論1943年4月)/遠藤元男「歴史画の現代的意義」(国画1943年4月)/高沢圭一「伝単線」(紙弾1943年6月)/向井潤吉「比島派遣軍報道班員として」(生活美術1943年7月)/栗原信「マライ宣伝班の仕事」(生活美術1943年7月)/三浦和美「戦闘と造形技術」(生活美術1943年7月)/大智浩「宣伝資料の製作」(生活美術1943年7月)/「座談会 戦争と美術」(画論1943年7月)/鶴田吾郎「生産美術の態勢」(画論1943年8月)/田近憲三「美術の建設とルネッサンス時代(1・2)」(旬刊美術新報1943年8月10・20日)/「座談会 新美術建設の理念と技術」(画論1943年9月)/田村孝之介「戦争画のこと」(生活美術1943年10月)/楢原祐「決戦美術を観て」(美術文化新聞1943年10月3日)/「構想絵画の問題」(旬刊美術新報1943年10月)/猪熊弦一郎・向井潤吉「雨のビルマ戦線」(朝日新聞1943年10月11日)/植村鷹千代「決戦下における生産美術の使命について―レアリズムへの努力を求む」(画論1943年11月)/荒城季夫「大東亜戦争展を観る(1~3)」(朝日新聞1943年12月10~12日)/柳亮「大東亜戦争美術展評」(美術1944年2月)/遠山孝「決戦と美術家の覚悟」(美術1944年1月)/「座談会 美術家と戦闘配置」(美術1944年2月)/井上司朗「皇国美術確立の道」(美術1944年4月)/石井柏亭「日本の美術は斯くある可し」(美術1944年4月)/秋山邦雄「本年度記録画に就て」山内一郎「作戦記録画の在り方」柳亮「大いなる野心をもて―陸軍美術展評」植村鷹千代「記録画と芸術性」藤田嗣治「戦争画制作の要点」(美術1944年5月)/柳亮「陸軍美術展評」(朝日新聞1944年3月10日)/親泊朝省中佐「ガ島を偲ぶ―陸軍美術展を観て」(週刊朝日1944年4月2日)/向井潤吉「緬印国境にて」(美術1944年6月)/中村直人「軍需生産美術挺身隊の発足」(美術1944年6月)/鶴田吾郎「軍需生産美術推進隊の初期行動」(美術1944年8月)/山内一郎「戦力と美術(二)」(美術1944年8月)/岡本一平「大陸に戦う忰へ」(文芸春秋1944年9月)/「座談会 戦争画と芸術性」(美術1944年9月)/鈴木治「絵画におけるロマネスク」(美術1944年12月)/柳宗悦「時局と美の原理」(文芸春秋1945年1月)/藤田嗣治「空中戦を描くまで」(週刊朝日1944年12月31日、1945年1月7日)/野間清六「文展観覧雑感」(美術1945年2月)/北川桃雄「竹の台初冬―戦時文展所見」(美術1945年2月)/伊原宇三郎「闘魂死生を超越する」(週刊朝日1945年2月17日)/「時評」(美術1945年3月)/吉原義彦「決戦軍需生産美術展覧会」(美術1945年3月)/田村孝之介「火焔を潜つて」(週刊朝日1945年3月25日)/伊原宇三郎「実力を発揮させよ」(朝日新聞1945年7月7日)/「美術界動静」(週刊朝日1945年7月15・22日)/宮田重雄「美術家の節操」(朝日新聞1945年10月14日)/鶴田吾郎「画家の立場」(朝日新聞1945年10月25日)/藤田嗣治「画家の良心」(朝日新聞1945年10月25日)/尾川多計「厳粛な自己批判―戦後の美術界」(美術1945年11月)/伊原宇三郎「戦争美術など」(美術1945年11月)/宮田重雄「〈美術家〉の節操について」(美術1945年12月)/「連合国軍の肝煎りで米国へ渡る戦争画」(朝日新聞1945年12月6日)/鈴木治「戦争美術の功罪―美術に於ける公的性格と私的性格」(美術1946年1月)/木村荘八「戦争記録画」(太陽1946年2月)/遠山孝「美術の生活化―私のささやかな構想」(美術及工芸1946年8月)/「米人の眼に映つた戦争画」(朝日新聞1946年9月16日)