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美術批評家著作選集 第3回 全3巻

美術批評家著作選集 第3回 全3巻

揃定価61,560円(揃本体57,000円) 
ISBN 978-4-8433-3836-0 C3370
刊行年月 2012年01月

本書の内容

美術批評家著作選集 第12巻 板垣鷹穂(いたがき・たかお)

刊行年月 2012年01月 定価20,520円 (本体19,000円) IISBN978-4-8433-3837-7 C3370

[編・解説]白政晶子

板垣鷹穂(いたがき・たかお 1894〜1966)美術史家、美術評論家。1929年の「機械美論」以降、「現代芸術考察者」として同時代の視覚的諸現象についての考察を深め、建築、デザイン、映画も視野に収めた執筆・制作活動を展開した。雑誌『新興芸術』『新興芸術研究』の編集も手掛けた。本書では板垣の先駆的かつ多彩な言説を、美術評論だけでなく、写真評論、映画論・映画評論、随筆など多面的に編纂。

「絵画史上のクラシックに就いて」(美術新論1929年1月)/「機械文明と現代美術」(思想1929年4月)/「機械と芸術との交流」(思想1929年9月)/「機械のリアリズムへの道」〈全3回連載〉(東京朝日新聞1929年9月10日〜12日)/「絵画の貧困」(中央公論1930年3月)/「美術の歴史的理解に就いて」(美学研究1930年4月)/「現代芸術考察者の手記」(新興芸術研究1931年2月)/「商業芸術の諸相」(中央公論1931年8月)/「美術に於ける過去と現在」(美術新論1932年1月)/「絵画は何うなるか? 質問者:中川紀元」(美術新論1933年5月)/「ヨーヨーと芸術論」(若草1933年6月)/「図画教育に就いて」(教育研究1935年12月)/「美術博物館の新築」(『造形文化と現代』1942年)/「戦争と美学」(新文化1941年12月)/「戦争画の現代的使命」(『芸術観想』1943年)/「芸術政策と新日本工芸」(美術及工芸1946年8月)/「広告写真の新傾向に就いて」(『国際広告写真展選集』1930年)/「都会の性格描写とカメラ」(新潮1931年10月)/「グラフの社会性」〈全3回連載〉(東京朝日新聞1931年12月14日〜16日)/「視覚的叙述に就いての小感」(思想1932年2月)/「新興写真の現在と将来」(アサヒカメラ1933年1月)/「写真芸術の将来に就いて」(光画1933年6月)/「現代写真三題」(フォトタイムス1934年6月)/「肖像写真考」(フォトタイムス1934年12月)/「一九三五年の写真界に」(フォトタイムス1935年1月)/「アマチュアへ捧げる写真の座談会」(アサヒカメラ1935年12月)「四大写壇の局外観」(アサヒカメラ1936年7月)/「報道写真の過去現在未来」(アサヒカメラ1938年10月)/「壁面写真の発達と米国万博」(国際建築1939年5月)/「事変と写真」(アサヒカメラ臨時増刊1940年2月)/「技術国策と宣伝技術」〈全4回連載〉(技術評論1940年3月〜7月)/「写真芸術に於ける日本的性格」(『造形文化と現代』1942年)/「国民芸術と写真」(『芸術観想』1943年)/「日本の写真と海外の写真」(アサヒカメラ臨時増刊1951年4月)/「現代写真展について」(カメラ1953年11月)/「興行映画を如何に扱ふか」〈全3回連載〉(東京朝日新聞1931年8月16日〜18日)/「建築祭の記念映画—官庁製作の映画其四」(フォトタイムス1935年8月)/「建築の東京撮影記録」(フォトタイムス1935年8月)/「日本映画の主要問題」(日本映画1936年4月)/「小型映画界の動向」(『芸術観想』1943年)/「映画の綜合芸術的性格」(映画評論1941年12月)/「映画法実施当時に於ける映画推薦の機構と目的」(『芸術観想』1943年)/「アメリカ映画の特性」(映画芸術1947年3月)/「建築の様式的構成」(新潮1931年6月)/「本年の建築界」(国際建築1935年12月)/「建築雑記1936年」(国際建築1936年12月)/「最近の手記から」(国際建築1937年3月)/「建築雑記」(国際建築1938年3月)/「八郎潟の水田化」(『造形文化と現代』1942年)/「建築・彫刻の歴史上に於ける特殊性」(日伊文化研究1942年9月)/「大東亜共栄圏に於ける建築様式(座談会)」(建築雑誌1942年9月)/「古い手紙—小林多喜二氏のこと」(新潮1933年4月)/「硝子」(思想1941年9月)/「レオナルドに因む追憶」(『レオナルド・ダ・ヴィンチ』1943年)

美術批評家著作選集 第13巻 近代日本彫刻と批評

刊行年月 2012年01月 定価21,600円 (本体20,000円) IISBN978-4-8433-3838-4 C3370

[編・解説]齊藤祐子

明治期の洋風彫刻の移入、文展の開設から、大正期に入ってからの官展の定着と在野の台頭、彫刻と社会、昭和戦前・戦中期にみられる彫刻表現の広がり、戦時下に彫刻が置かれた状況など、日本近代彫刻の流れを俯瞰するうえで必読の文献集。彫刻の評論を手がけた田辺孝次や大蔵雄夫のほか、中村鎭や蔵田周忠ら建築界からのテキストも収録。
彫刻の黎明期 大村西崖「美術トハ何ゾヤ」(京都美術協会雑誌1894年9月)/大村西崖「彫塑論」(京都美術協会雑誌1894年10月)/吉岡芳陵「我に於ける洋風彫刻」(太陽1896年9月)/大村西崖「展覧会評判」〈全7回連載〉(東京日日新聞1900年5月19日、20日、21日〜26日)/吉岡芳陵「噴水と美術的製作(太陽1901年3月)/坂井犀水「米原雲海氏と新木彫」(美術新報1910年10月)/坂井犀水「明治時代」(『日本木彫史』1929年)

銅像批評 高山樗牛「西郷南洲の銅像を評す」(太陽1899年1月)/遠藤於菟「銅像建設と建築家」(建築工芸叢誌1916年8月)/黒田鵬心「東京市の紀念像に就いて」(美術新報1916年12月)/濱岡周忠「都市と銅像」〈全2回連載〉(サンデー毎日1923年5月13日、20日)/中山啓「東京の銅像の批評」〈全4回連載〉(アトリエ1925年9月〜12月)

官展の開設と彫刻界 「公設美術展覧会評—小山正太郎君談」(太陽1907年12月)/有島生馬「文展の洋画と彫刻」(美術新報1916年11月)/「彫刻の批評—批評の批評その3」(美術旬報1917年11月19日)/春山武松「帝展の彫刻(上・下)」(東京朝日新聞1924年10月25日、28日)/落合忠直「帝展の彫刻部の暗闘に同情す」(アトリエ1925年12月)/田邊孝次「明治大正の彫刻」(太陽1927年6月)/田邊孝次「明治大正彫刻雑話」(美之国1927年8月)/森口多里「ロダンと明治大正時代」〈全3回連載〉(知性1941年6月〜8月)

彫刻と社会 権田保之助「置物彫刻の将来」(建築工芸叢誌1916年6月)/有島生馬「彫刻を見て」(中央美術1922年6月)/川路柳虹「彫刻を観る人へ」(『現代美術の鑑賞』1925年)/濱田増治「彫刻家の人々に与へる第一の注文」(彫塑1926年1月)/大泉博一郎「日本の工芸と工芸彫刻家の使命について」(彫塑1926年1月)/遠藤廣「会場研究—主として個展会場に就いて」(彫塑1926年3月)/大蔵雄夫「我が彫塑受難史」(美術新論1928年12月)

昭和初期彫刻の展開 中島謙吉「今秋の院展彫刻」(アトリエ1928年10月)/田澤良夫「朝倉塾不出品是々非々漫語」(アトリエ1928年11月)/蔵田周忠「構造社所感」(アトリエ1929年10月)/田邊孝次「昭和の彫刻」(『世界美術全集第35巻』1930年)/蔵田周忠「帝展の彫刻・工芸」〈全2回連載〉(東京朝日新聞1931年10月25日、26日)/森口多里「帝展の彫刻(上・下)」(東京朝日新聞1933年10月24日、25日)

帝展改組前後 大蔵雄夫「上野の彫刻を観て」(美之国1935年10月)/大蔵雄夫「昭和十年の彫刻界を顧る」(美之国1935年12月)/田邊孝次「帝展の彫刻—三部の現状とゆく可き道」(美之国1936年4月)/柳亮「帝展彫刻評」(アトリエ1936年4月)/森口多里「文展の彫刻」(復興中央美術1936年12月)/大蔵雄夫「美術大震この方—過去五ケ年の彫刻界動勢〈乾・坤〉」(美之国1939年4月、6月)

戦時体制と彫刻 森口多里「佳作は小品に—二科、院展、第三部会彫刻評」(東京朝日新聞1937年9月10日)/田邊孝次「事変下の彫刻と工芸」(美之国1938年11月)/大蔵雄夫「彫刻界の上半期」(美之国1938年7月)/大蔵雄夫「彫刻界の下半期」(美之国1938年12月)/柳亮「国展彫刻部評—意志的芸術への途」(アトリエ1939年5月)/今泉篤男「新制作派展評」(読売新聞1939年12月2日)/森口多里「彫刻界」(『美術総覧昭和15年版』1940年)/市島春城「セメント芸術」(『春城談叢』1942年)/森口多里「目的芸術と幽玄美への意欲」(読売新聞1942年10月23日)/薬師寺厚「新制作派協会の記念碑模型について」(建築雑誌1942年11月)/大蔵雄夫「昭和十七年度彫塑界の諸問題」(日本美術1942年12月)/大蔵雄夫「大東亜戦争美術展の彫塑」(日本美術1943年1月)/大蔵雄夫「日彫・直土・能美・九元展の彫塑」(日本美術1943年8月)/大蔵雄夫「二科・院展・決戦美術の彫刻」(日本美術1943年10月)

座談会—機関誌『九元』より 「第一回研究部座談会(講師:川路柳虹)」(1939年12月)/「第二回研究部座談会(講師:高村光太郎)」(1940年3月)/「第四回研究座談会(講師:蔵田周忠)」(1941年1月)/「緑地と造型」(1941年10月)/「モニエメントに就いて(講師:荒城季夫)」(1943年10月)

作家論—雑誌『サウンド』より
「彫刻人層を行く(北村西望、吉田久継、三木宗策、安藤照、齋藤素巌、石井鶴三、小室達、清水三重三)」〈全8回連載〉(1932年9月〜1933年9月)

美術批評家著作選集 第14巻 プロレタリア美術運動

刊行年月 2012年01月 定価19,440円 (本体18,000円) IISBN978-4-8433-3839-1 C3370

[編・解説]喜夛孝臣

当時多くの青年画家たちを惹きつけたプロレタリア美術運動。その理論と課題、海外動向の紹介、プロレタリア美術展評、版画・漫画・児童画、技法、プロレタリア美術運動の周辺など、多様な切り口でプロレタリア美術運動にまつわる言説と通史を再検証する試み。

橋浦泰雄「美術家も此の鉄鎖を断て!」(プロレタリア芸術1927年8月)/中野重治「絵画に関する緊急の一問題」(プロレタリア芸術1928年2月)/大月源二「プロレタリア美術の開花へ」(プロレタリア芸術1928年3月)/岡本唐貴「ネオ・リアリズムの絵画芸術に関する一論」(造型美術1928年4月)/永田一脩「プロレタリア美術展移動展覧会並に造型の・チプブル性を排撃す」(戦旗1928年7月)/永田一脩「プロレタリア美術運動に於ける二つの傾向に就いて」(戦旗1928年11月)/村山知義「プロレタリア・テーマ美術について」(戦旗1928年11月)/木部正行、大月源二共編「プロレタリア・ポスターの作り方」(戦旗1928年12月)/蔵原惟人「現代日本のプロレタリア美術」(国際文化1929年1月)/村山知義「最近の芸術に於ける機械美」(アトリエ1929年5月)/岡本唐貴「工場から出発しよう」(プロ美術1929年11月)/矢部友衛「日本プロレタリア美術運動史」(『プロレタリア芸術教程第2輯』1929年)/柳瀬正夢「無産階級の画家—ゲオルゲ・グロッス」(『ゲオルゲ・グロッス』1929年)/神原泰「世界の美術の動き」(世界の動き1930年2月)/橋浦泰雄「検閲制度とプロ美術」(プロ美術1930年1月)/「一労働者の見たる第二回プロレタリア美術大展覧会」(プロ美術1930年1月)/矢部友衛「アンデパンダンの出現と一九三〇年協会の没落」(プロ美術1930年1月)/岡本唐貴「山本鼎等はプロレタリア美術を如何に攻撃し歪曲したか」(プロ美術1930年2月)/岩松淳「日本漫画の展望」(プロ美術1930年2月)/早川久夫「印刷美術講座(一)」(プロ美術1930年4月)/橋浦泰雄「日本プロレタリア美術運動史」(『プロレタリア芸術教程第3輯』1930年)/矢部友衛「プロレタリア美術のモティーフに就いて」(アトリエ1930年4月)/須山計一「漫画とプロレタリアート」(『プロレタリア芸術教程第3輯』1930年)/福田新生「槐樹社美術展のプロレタリヤ作家」(文芸戦線1930年4月)/村山知義「緊急な問題」(『プロレタリア美術のために』1930年)/「カツトの写し方と描き方について」(『闘争ニュース用カット漫画集』1930年)/鈴木賢二「プロレタリア美術概論」(アトリエ1930年9月)/岡本唐貴「プロレタリア・リアリズムの問題」(アトリエ1930年9月)/大月源二「プロレタリア美術の××・宣伝的役割に就いて」(アトリエ1930年9月)/近峰須多二「マルクス主義と美術批評」(アトリエ1930年9月)/大林長男「世界プロレタリア美術の発生とその発展」(アトリエ1930年9月)/大平章「現世界画壇に於けるソヴエト画壇の地位」(アトリエ1930年9月)/須山計一「世界プロレタリア美術の現状」(アトリエ1930年9月)/津田青楓「プロレタリア美術運動の是非と芸術の超歴史的普遍性」(アトリエ1930年9月)/石井柏亭「プロレタリア美術は大衆の美術ではない」(アトリエ1930年9月)/中川紀元「プロレタリア美術は方法を誤つてゐる」(アトリエ1930年9月)/近峰須多二「版画の問題を中心に」(ナップ1930年9月)/岡本唐貴「機械と絵画との関係に対する展望」(『プロレタリア美術とは何か』1930年)/津田青楓「芸術の大衆普遍化」(青年美術1930年10月)/松山文雄「移動展の新らしい任務と形態」(ナップ1930年10月)/岡本唐貴、大月源二、岩松淳「第3回プロ美術大展覧会作品評」(ナップ1931年1月)/福田新生「プロレタリア美術の諸問題」(文戦1931年2月)/「既成美術は何故時代を指導して行く力を失つたか」(新興美術批判1931年7月)/新井光子「児童絵画論」(『綜合プロレタリア芸術講座第3巻』1931年)/新興美術批評家協会「美術季節のプロローグ—秋の画壇に対する観測的批判」(アトリエ1931年9月)/「座談会筆記」(美術新論1931年9月)/岡本唐貴「反帝国主義芸術論」(中央公論1931年10月)/吉原義彦「プロレタリア油絵の描き方」(『綜合プロレタリア芸術講座第5巻』1931年)/大平章、矢部友衛、加賀山敬三「現在の日本ブルジヨア美術批判」(プロレタリア美術1931年12月)/尾川多計「第四回プロ展を見る」(みづゑ1932年1月)/「工場農村から」(プロレタリア美術1932年2月)/矢部友衛「嵐を衝いて—第五回プロ美術展評」(帝国大学新聞1932年11月28日)/大平章「第五回プロ展評」(アトリエ1933年1月)/福田新生「津田青楓氏の転向」(レフト1933年9月)/津田青楓「芸術家の転向」(中央公論1933年11月)/岡本唐貴「美術運動の建て直しのために」(美術運動1933年12月)