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美術批評家著作選集 第1回 全5巻

美術批評家著作選集 第1回 全5巻

揃定価122,040円(揃本体113,000円) 
ISBN 978-4-8433-3425-6
刊行年月 2010年06月

本書の内容

美術批評家著作選集 第1巻 一氏義良(いちうじ・よしなが)

刊行年月 2010年06月 定価23,760円 (本体22,000円) IISBN978-4-8433-3426-3

[編・解説]五十殿利治

一氏義良(いちうじ・よしなが 1888~1952) 美術編集者の仕事と並行して、ドイツの新興芸術運動をはじめとした第一次世界大戦後のヨーロッパ美術界を視察、その成果を著作にまとめるなど批評活動を行う。「アクション」「造型」など国内の同時代美術家とも交流し理論的支柱となった。図画教育奨励会との関わりも深く、自ら創設した綜合美術研究所を拠点として美術教育分野にも功績を残した。
【収録内容】
『現代美術の見方』(泰山房 1917年)〈抄録〉/「新しき『造型』についての一考察」(アトリエ 1925年7月)/『美術の現実を語る』(綜合美術研究所 1937年)〈抄録〉

美術批評家著作選集 第2巻 佐波甫(さわ・はじめ)

刊行年月 2010年06月 定価24,840円 (本体23,000円) IISBN978-4-8433-3427-0

[編・解説]桑原規子

佐波甫(さわ・はじめ 1901~1971) 1930年代半ばから美術雑誌を舞台に活躍し、戦中期には国際文化振興会の美術部宣伝課長としてベトナムや中国に渡り日本画展覧会の企画に携わる。「池袋美術家クラブ」の結成に参加し“池袋モンパルナス”の美術批評家としても知られる。戦後は早稲田大学でフランス語と西洋美術史を講じる。
【収録内容】
「春陽会・国展批判座談会」(アトリエ 1935年6月)/「帝展改組と復古主義の前進」(アトリエ 1935年7月)/「帝展改組究明批判座談会」(美之国 1935年7月)/「現代美術を制約するもの」(アトリエ 1935年8月)/「美術批評に就て」(アトリエ 1935年10月)/「〈美術の秋〉批判座談会—二科会と青龍社」(みづゑ 1935年10月)/「NAS展—新興美術家協会展」(美術 1935年11月)/「美術は如何に発展するか」(みづゑ 1935年11月)/「二三の絵画現象に就て」(アトリエ 1936年2月)/「市民的なプライド」(美術 1936年2月)/「絵画に於ける〈明るさ〉」(みづゑ 1936年2月)/「日本画と近代精神—市民絵画の提唱」(美之国 1936年3月)/「〈日本画〉を如何に考へるか」(みづゑ 1936年3月)/「猪熊弦一郎と宮本三郎」(みづゑ 1936年4月)/「第十四回春陽会展評」(みづゑ 1936年5月)/「第十一回国展評」(みづゑ 1936年5月)/「独立展合評」(アトリエ 1936年6月)/「意識の絵画について」(みづゑ 1936年6月)/「作家点描 海老原喜之助、三岸節子、岡田謙三」(みづゑ 1936年8月)/『第一回池袋美術家クラブ展覧会目録』1936年9月/「名井万亀氏の作品」(アトリエ 1936年9月)/「二科の新人たち」(現代美術 1936年9月)/「若き作家諸君に与ふ」(美之国 1936年9月)/「絵画とモラル」(雑記帳 1936年10月)/「二科評」(みづゑ 1936年10月)/「フォルム九月展」(雑記帳 1936年11月)/「芸術精神の没落」(みづゑ 1936年11月)/「新制作派第一回展」(みづゑ 1936年12月)/「日本洋画壇の現勢」(現代美術 1937年1月)/「ヒユウマニズムについて」(美之国 1937年1月)/「安井曽太郎氏の今日的位置」(みづゑ 1937年1月)/「街頭展のノート」(みづゑ 1937年1月)/「今日の諸問題」(アトリエ 1937年3月)/「福沢一郎氏とヒューマニズム」(みづゑ 1937年3月)/「女流画家の性格」(雑記帳 1937年4月)/「日本前衛派作家論」(アトリエ 1937年6月)/「現代画壇に於けるヒューマニズムに就いて」(雑記帳 1937年6月)/「日本古典への関心」(美術 1937年6月)/「明治大正昭和名作展」(美術 1937年6月)/「展覧会月評」(みづゑ1937年7月)/「自由美術第一回展、一水会展、小磯良平個展、立陣小品展」(みづゑ 1937年8月)/「新人作品論5 山口薫」(アトリエ 1937年9月)/「小磯良平を語る」(みづゑ 1937年9月)/「猪熊弦一郎を語る」(美術眼 1937年10月)/「院展と青龍社」(みづゑ 1937年10月)/「文展第二部評」(みづゑ 1937年11月)/「北川民次君の印象」(みづゑ 1937年11月)/「事変下の美術界」(雑記帳1937年12月)/「本年の回顧と展望」(みづゑ 1937年12月)/「年頭の感想」(美術 1938年1月)/「統制と自由」(アトリエ 1938年2月)/「わが国芸術の調和的性格に就て」(みづゑ 1938年2月)/「梅原龍三郎氏と事変下の美術を語る」(みづゑ 1938年3月)/「寺田政明君へ期待」『寺田政明渡欧画会』パンフレット(1938年4月)/「早稲田美術学会の歴史を語る座談会」(季刊 早稲田大学美術史研究室 第一号 1938年5月)/「絶対象派協会第一回展覧会」目録(1938年5月)/「絵画精神の再建」(みづゑ 1938年6月)/「作家と精神力」(アトリエ 1938年9月)/「二科展評」(アトリエ 1938年9月)/「座談会 時局下の美術を語る」(季刊 早稲田大学美術史研究室 第二号 1938年10月)/「季節がはり」(季刊 早稲田大学美術史研究室 第三号 1939年2月)/「季節を迎へて」(みづゑ 1939年2月)/「独立展評」(アトリエ 1939年4月)/「近代絵画の特質—十年間を回顧して」(美之国 1939年4月)/「デッサン覚書」(みづゑ 1939年7月)/「歴史性へのめざめ」(美術 1939年8月)/「常識化した近代粧と心を忘れた芸術—文展日本画の感想」(美之国 1939年11月)/「昭和十四年度の美術界回顧座談会」(みづゑ 1940年1月)/「美術新体制への関心」(美之国 1940年9月)/「新しき批評精神」(アトリエ 1940年10月)/「青龍社と院展」(アトリエ 1940年11月)/「国展と春陽会」(アトリエ 1941年6月)/「安南風物の語るもの—仏印巡回展第一信」(国画 1941年12月)/「仏印より還りて—巡回日本画展開催報告」(国画 1942年2月)/「仏印の文化事情」(国際文化 1942年2月)/「仏印の印象—図画教育その他」(造形教育 1942年2月)/「大東亜共栄圏と日本画」(国画 1942年3月)/「二、三の提案」(新美術 1942年5月)/「大東亜戦争と芸術—大東亜戦争美術展所感」(国画 1943年1月)/「勤王志士と絵画」(国画 1943年3月)/「神社画と敬神思想」(国画 1943年4月)/「山口蓬春論」(画論 1943年6月)/「仏印の絵画」(新美術 1943年6月)/「中国画壇だより」(国画 1943年9月)/「新生支那と現代日本画展」(国画 1943年10月)/「わが前衛美術について」(アトリエ 1948年10月)/「松本竣介」(みづゑ 1949年2月)/「井上長三郎」(美術手帖 1949年4月)/「靉光の芸術—戦争犠牲芸術家の一人として」(アトリエ 1949年4月)/「松本竣介の芸術」『松本竣介画集』(松本竣介遺作刊行会 1949年5月)/「鶴岡政男論」(みづゑ 1949年7月)

美術批評家著作選集 第3巻 新聞美術記者の群像

刊行年月 2010年06月 定価24,840円 (本体23,000円) IISBN978-4-8433-3428-7

[編・解説]河田明久

近代日本の“美術と言葉”を考察するうえで不可欠な、分量的にも圧倒的多数である新聞の美術記事。本巻では大正から昭和戦前期にかけて、それらが記された環境と、どのような人々によって書き継がれ受け容れられていったのかを知るための、手がかりとなるテキストを収録する。
【収録内容】
田沢田軒「新聞美術記者今昔噺」〈全30回連載〉(塔影 1937年1月~1940年6月)/竹田道太郎『美術記者30年』(朝日新聞社 1962年)/〈美術記者としての苦楽〉加藤謙「非美術記者の愚談痴話」/金井紫雲「靴の思ひ出—美術記者の初陣ごろ」/外狩顕章「苦楽とりどり」/田沢良夫「AとBの話」/時岡弁三郎「黄昏」/(中央美術 1924年11月)/〈美術批評家月旦 坂崎坦論〉田中倉琅子「彼の人格・気稟・批評」/朝倉文夫「坂崎坦君のこと」/仲田勝之助「正鵠なる識見」/土田麦僊「友人としての坂崎君」/和田三造「批評家としての坂崎君」/南薫造「坂崎氏の印象」(美之国 1927年1月)/〈故近藤宅治氏を憶ふ〉外狩素心庵「近藤君の「死」の迎へ方」/金井紫雲「その日の思ひ出—近藤宅治君を偲ぶ」/田沢良夫「東陵会展覧会を中心にして親友近藤君を想ふ」/木村荘八「弔東陵」/土田麦僊「近藤氏を悼む」/牧野虎雄「近藤氏のこと」(美之国 1928年3月)/金井紫雲「美術記者二十七年」(美之国 1936年1月)/松原寛「美術記者の頃」(塔影 1936年9月)/〈関如来追悼特集〉塩田力蔵「関如来君の思出」/添田達嶺「関如来氏を偲ぶ」/神崎憲一「関さんが到頭……」(塔影 1938年3月)/坂崎坦・田中倉琅子・脇本楽之軒〈座談会〉「昭和美術界の過去と将来を語る」(美之国 1939年6月)

美術批評家著作選集 第4巻 森口多里(もりぐち・たり)

刊行年月 2010年06月 定価24,840円 (本体23,000円) IISBN978-4-8433-3429-4

[編・解説]大谷省吾

森口多里(もりぐち・たり 1892~1984) 『早稲田文学』を中心に美術評論活動を始める。早稲田大学留学生として渡仏、帰国後は同時代のシュルレアリスム美術などヨーロッパ美術の紹介に務める。母校の教壇に立つ傍ら、美術分野の編集執筆活動、新聞雑誌での展覧会評など幅広く手掛ける。戦後は郷里の岩手を拠点とし民間伝承の研究をはじめ郷土文化の調査研究に尽力、多くの功績を残した。
【収録内容】
『明治大正の洋画』(東京堂 1941年)/「『早稲田文学』と美術評論界」(早稲田文学 1918年5月)/「現在洋画界の諸流派」(早稲田文学 1919年9月)

美術批評家著作選集 第5巻 柳亮(やなぎ・りょう)

刊行年月 2010年06月 定価23,760円 (本体22,000円) IISBN978-4-8433-3430-0

[編・解説]江川佳秀

柳亮(やなぎ・りょう 1903~1978) 1925年に渡仏しパリ大学とエコール・デュ・ルーヴルに学ぶかたわら、巴里芸術通信社を開設し日本語雑誌『巴里芸術通信』を創刊、在留日本人作家たちの展覧会などを手掛ける。帰国後本格的に美術批評家として活動を始め、1936年に美術批評家協会を結成する。大学の教壇に立ち直接作家の育成にもあたり、戦前戦後を通じて美術界に大きな足跡を残す。
【収録内容】
◆巴里事情
「エミイル・ボアイエ」(アトリエ 1928年4月)/「藤田氏の為に弁ず」(アトリエ 1929年12月)/「サロン過多症—近時仏蘭西美術界雑記」(美之国 1931年3月)/「巴里日本美術協会紛争の責任当事者として 大森啓助君への公開状」(美術 1933年11月)/「エコール・ネオ・ヂヤポネーズの註訳 上 アンドレ・サルモンに」(アトリエ 1933年12月)/「ロンドンで餓死した頓野」(アトリエ 1934年3月)/「クウポールの酒場—ある時代のパリのメモアール」(セルパン 1934年7月)/「酒場で仕事するマンレイ達」(セルパン 1934年8月)/「パスキンの饗宴—ある時代のパリのメモアール」(セルパン 1934年9月)/「巴里女物語1 美爪術師の話」(セルパン 1934年11月)/「巴里女物語2 巴里の人形師」(セルパン 1934年12月)
◆美術批評
「ブラボー・クニヨシ 国吉康雄君に贈る書簡」(アトリエ1931年12月)/「ラプラードの死を悼む」(アトリエ 1932年4月)/「ヒューザン会の思ひ出とその他 最近に開かれた二三の個展について」(アトリエ 1934年8月)/「藤田嗣治の芸術」(画論 1941年9月)/「独立美術協会展 所感と其他」(アトリエ 1931年2月)/「春陽会と国画会の所感と其他」(大衆芸術 1931年6月)/「解説独立美術展記 附・入選作品概評」(アトリエ 1932年4月)/「〈独立〉の日本主義とエスプリ・モデルン」(アトリエ 1935年4月)/「モチーフとテーマの問題 院展、二科、三部会彫刻評」(アトリエ 1936年10月)/「有閑日本工芸よ迷路を出よ 巴里万国博の出品作を観る」(アトリエ 1937年3月)/「焦燥する日本画壇—国画院・日本画会評」(アトリエ 1937年5月)/「時局精神と文展 洋画評」(みづゑ 1937年11月)/「精神と方法の問題—新制作派第四回展評」(造形芸術 1940年1月)/「第十二回独立展のメモ」(新美術 1942年4月)/「戦争美術の浪漫性と写実性 大東亜戦争美術展評」(新美術 1943年2月)/「決戦美術展」(画論 1943年10月)/「大いなる野心をもて 陸軍美術展評」(美術 1944年5月)/「帝展有罪か 帝国美術院は須く仏国翰林院に擬へ」(アトリエ 1935年2月)/「国宝の文化的意義」(美之国 1937年2月)/「文展機構改革に関する諸問題」(美之国 1939年1月)/「生活と美術—効用論者への反省として」(アトリエ 1941年7月)/「最近のフランス美術界に就いて見た批評・批評家・批評業」(アトリエ 1931年5月)/「美術批評家協会の結成と抱負について」(美之国 1936年11月)/「美術批評の貧困」(美之国 1937年6月)/「私の批評精神」(アトリエ 1940年10月)
◆西欧作家研究
「近代巨匠の古典研究1 ドガ篇」(みづゑ 1940年3月)/「近代巨匠の古典研究2 ルノアール篇」(みづゑ 1940年4月)/「近代巨匠の古典研究3 セザンヌ篇」(みづゑ 1940年5月)/「近代巨匠の古典研究4 ゴーギャン篇」(みづゑ 1940年7月)
◆美術理論
「ヒューマニズムとレアリズム」(みづゑ 1938年3月)/「〈何を描く可きか〉の問題」(みづゑ 1938年7月)/「絵画的モチーフとしての戦争画について」(みづゑ 1938年9月)/「芸術に於けるモニュマンタリテの意義及びその日本的表現の特質」(みづゑ 1939年10月)/「主題画と構図問題」(新美術 1941年12月)/「浮世絵と印象派 ピトリスクとレアリズムの問題」(画論 1942年2月)/「レアリズムの限界(上)モチーフの部」(新美術 1942年10月)/「レアリズムの限界(下)様式の部」(新美術 1942年11月)/「海洋美術論—海に因む名作」(新美術 1943年9月)/「ロマンチズムの測定『現実・浪漫・古典』の第二部」(新美術 1943年5月)/「ロマンチズムの測定(下)『現実・浪漫・古典』の第二部」(新美術 1943年7月)/「群像構図論」(美術 1944年1月)/「モンヂアリズム 日本美術史考1 説序」(アトリエ 1938年2月)/「モンヂアリズム 日本美術史考2 歴史性に於ける二つの性格」(アトリエ 1938年4月)/「モンヂアリズム 日本美術史考3 伝統の律動」(アトリエ 1938年5月)/「モンヂアリズム 日本美術史考4 伝統の時間的生成と空間的生成」(アトリエ 1938年6月)/「モンヂアリズム 日本美術史考5 現象形態の二元性に於ける日本的性格」(アトリエ 1938年8月)/「モンヂアリズム 日本美術史考6 芸術と生活の日本的統合」(アトリエ 1938年9月)